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世界を変えた進化論の父『ダーウィン』の劇的な生涯に迫る
みなさんはダーウィンについてどれくらい知っていますか。多くの方が「進化論」の人というイメージを持っているのではないでしょうか。たしかに、ダーウィンは代表作『種の起源』で、生物の進化について解明し、生物学のみならずその後の社会全体に大きな影響を与えました。しかし、ダーウィンの研究は決してそれだけにとどまりません。実は、ダーウィンはさまざまな分野で幅広い研究を行った人物なのです。
今回ご紹介する『ダーウィン 「進化論の父」の大いなる遺産』(鈴木紀之著、中公新書)は、ダーウィンに対する進化論の人というイメージを超えて、その多彩な業績を知るための入門書です。これまであまり注目されてこなかった著作にも焦点を当てながら、ダーウィンの生涯と多岐にわたる研究活動をわかりやすく解説しています。
本書を読むと、鈴木氏が抱くダーウィンへの深い敬意が感じられます。遺伝の仕組みがまだ解明されておらずキリスト教的な世界観が強く支配していた時代に、ダーウィンは多くの批判を受けながらも、自らの仮説を信じ続け、真理の探求に全力を尽くしましたが、この比類なき科学者の偉大さが、本書では豊富なエピソードとともに紹介されていきます。
教科書的には、進化が起こるためには次の三つの条件が必要だとされています。(1)集団の中で個体によって形質が異なり、(2)その違いが生存や繁殖に影響を与え、(3)その形質が親から子へと遺伝すること。これらの条件がそろうことで、世代を超えて適応的な形質が広がっていきます。これが自然淘汰による進化のプロセスです。
ダーウィンが提唱した進化論は、自然界における生物の進化を説明する理論ですが、やがてその考え方は人間社会にも応用されるようになりました。「社会的ダーウィニズム」と呼ばれるこの考え方は、「環境に適応した者だけが生き残る」という自然の法則を無理やり人間社会に当てはめ、競争の中で強者が生き残り、弱者が淘汰されるといった考えを正当化しようとするものでした。
こうした進化論の拡大解釈は、一方では「優生学」として発展し、ナチス・ドイツの人種差別政策や、日本の旧優生保護法に影響を与えました。こうした歴史を反省し、進化論を社会や政治の議論に安易に利用することには注意が必要だと、鈴木氏は警鐘を鳴らしています。
そのため、鈴木氏は「進化リテラシー」の重要性を強調しています。これは、進化に関する正確な科学知識をしっかりと身につけ、その知識をもとにして個人の判断を下す能力のことです。現代では、SNSやソーシャルメディア上にさまざまな情報があふれていて、それらの情報の中から正しいものを見分け、適切に活用する力が求められています。本書はこの「進化リテラシー」を高めるという意味でも有用です。
第2章では、『種の起源』の内容がコンパクトにまとめられており、とても参考になります。一般的なイメージとは異なり、『種の起源』では人間の進化について意図的に触れられていません。人間の進化に踏み込んだのは、1871年に出版された『人間の由来と性淘汰』でした。この本は第3章で取り上げられているのですが、ダーウィンは、人間の異なる人種が単一の起源を持つという「単起源説」を主張しています。鈴木氏は、ダーウィンのこの主張が「人類みな兄弟」を掲げ、奴隷制に反対する立場を一貫して持っていたことと関連するのではと指摘しています。ダーウィンが非常にリベラルな思想を持っていたことがうかがえるお話です。
また、1872年には『人間と動物における感情の表出』という本が出版されています。この本では、人間も動物も表情を通して感情を伝え合うという非言語的なコミュニケーションについて、進化論の観点から分析しています。ダーウィンがこの本で用いた検証方法は非常に独創的で、驚くべきことに、現在でもその一部が主流の手法として使われているのだそうです。
第4章では、ダーウィンの後半生と、その時期に行った研究が紹介されています。ダーウィンは50歳を過ぎた頃からランの花に強い興味を持つようになり、『ランの受精』という本を出版しました。それをきっかけに、『つる植物の運動と習性』や『食虫植物』、『植物の受精』『花のかたち』『植物の運動力』など、植物に関する多くの研究を次々に発表しています。『種の起源』以降、ダーウィンは植物研究に熱中していたのです。
72歳のときには、ミミズに関する著作『ミミズと土』が出版されます。それ以降、ダーウィンは本を書くことができませんでしたが、亡くなるまで短い論文を執筆し続けたといいます。晩年まで研究への情熱を失わなかったダーウィン。その姿に大変励まされるという方は多いのではないでしょうか。
本書を読むと、ダーウィンが身分や属性に関係なく、さまざまな人々と積極的に交流しながら研究を進めていたことがよくわかります。鈴木氏は、このダーウィンの姿勢が、現代においても重要なヒントを与えてくれると述べています。
また、インターネットなどを活用することで一般市民が科学に貢献する「市民科学」という動きが広がり、科学者と市民の距離が縮まっている現状は、ダーウィンの生きたヴィクトリア朝時代に通じるものがあると、鈴木氏は言います。科学技術が高度に発展した今だからこそ、プロとアマチュアの垣根を越えた協力が可能になり、科学はますます身近なものになり得るのです。
そのためにも、正しい知識にもとづく「進化リテラシー」を育てることが重要です。本書は、きっとその一助となります。ぜひ、書店で見かけたら、手に取ってみてください。
今回ご紹介する『ダーウィン 「進化論の父」の大いなる遺産』(鈴木紀之著、中公新書)は、ダーウィンに対する進化論の人というイメージを超えて、その多彩な業績を知るための入門書です。これまであまり注目されてこなかった著作にも焦点を当てながら、ダーウィンの生涯と多岐にわたる研究活動をわかりやすく解説しています。
若き進化生態学者が示すダーウィンへの畏敬の念
著者の鈴木紀之氏は、ダーウィンと同じく進化生態学を専門とする新進気鋭の研究者です。現在は高知大学農林海洋科学部の准教授を務めており、チョウやテントウムシなどの昆虫の生態研究を通じて進化の謎に挑んでいます。また、ポッドキャスト番組「すごい進化ラジオ」も手掛けていて、自然や生物に関する内容で人気を集め、2021年にはSpotify NEXTクリエイター賞を受賞しています。著書には『すごい進化 「一見すると不合理」の謎を解く』(中公新書)、共著には『博士の愛したジミな昆虫』(岩波ジュニア新書)や『繁殖干渉』(名古屋大学出版会)などがあります。本書を読むと、鈴木氏が抱くダーウィンへの深い敬意が感じられます。遺伝の仕組みがまだ解明されておらずキリスト教的な世界観が強く支配していた時代に、ダーウィンは多くの批判を受けながらも、自らの仮説を信じ続け、真理の探求に全力を尽くしましたが、この比類なき科学者の偉大さが、本書では豊富なエピソードとともに紹介されていきます。
進化論の基本と「進化リテラシー」のすすめ
ダーウィンの業績を語る際、やはり進化論は欠かせません。本書では、まず進化論の基本的なポイントがわかりやすく説明されています。日常でも使われる「進化」という言葉ですが、生物学的には「世代を超えて生物の形質が置き換わること」と定義されます。この進化の過程で主要な役割を果たすのが「自然淘汰」です。教科書的には、進化が起こるためには次の三つの条件が必要だとされています。(1)集団の中で個体によって形質が異なり、(2)その違いが生存や繁殖に影響を与え、(3)その形質が親から子へと遺伝すること。これらの条件がそろうことで、世代を超えて適応的な形質が広がっていきます。これが自然淘汰による進化のプロセスです。
ダーウィンが提唱した進化論は、自然界における生物の進化を説明する理論ですが、やがてその考え方は人間社会にも応用されるようになりました。「社会的ダーウィニズム」と呼ばれるこの考え方は、「環境に適応した者だけが生き残る」という自然の法則を無理やり人間社会に当てはめ、競争の中で強者が生き残り、弱者が淘汰されるといった考えを正当化しようとするものでした。
こうした進化論の拡大解釈は、一方では「優生学」として発展し、ナチス・ドイツの人種差別政策や、日本の旧優生保護法に影響を与えました。こうした歴史を反省し、進化論を社会や政治の議論に安易に利用することには注意が必要だと、鈴木氏は警鐘を鳴らしています。
そのため、鈴木氏は「進化リテラシー」の重要性を強調しています。これは、進化に関する正確な科学知識をしっかりと身につけ、その知識をもとにして個人の判断を下す能力のことです。現代では、SNSやソーシャルメディア上にさまざまな情報があふれていて、それらの情報の中から正しいものを見分け、適切に活用する力が求められています。本書はこの「進化リテラシー」を高めるという意味でも有用です。
サンゴ礁からミミズまで――ダーウィンの驚くべき研究範囲
第1章では、若きダーウィンが参加したビーグル号での航海について描かれます。南アメリカ大陸やガラパゴス諸島での調査など、比較的よく知られているエピソードも含まれていますが、中には意外と知られていない事実も取り上げられています。たとえば、ブラジルの熱帯雨林の調査に関連して、ダーウィンが奴隷制を強く嫌悪していたということが紹介されています。また、南太平洋で生まれて初めて環礁を見たダーウィンが、その後、サンゴ礁の形成について研究を進め、『サンゴ礁の構造と分布』という本を著したことは、あまり知られていないかもしれません。第2章では、『種の起源』の内容がコンパクトにまとめられており、とても参考になります。一般的なイメージとは異なり、『種の起源』では人間の進化について意図的に触れられていません。人間の進化に踏み込んだのは、1871年に出版された『人間の由来と性淘汰』でした。この本は第3章で取り上げられているのですが、ダーウィンは、人間の異なる人種が単一の起源を持つという「単起源説」を主張しています。鈴木氏は、ダーウィンのこの主張が「人類みな兄弟」を掲げ、奴隷制に反対する立場を一貫して持っていたことと関連するのではと指摘しています。ダーウィンが非常にリベラルな思想を持っていたことがうかがえるお話です。
また、1872年には『人間と動物における感情の表出』という本が出版されています。この本では、人間も動物も表情を通して感情を伝え合うという非言語的なコミュニケーションについて、進化論の観点から分析しています。ダーウィンがこの本で用いた検証方法は非常に独創的で、驚くべきことに、現在でもその一部が主流の手法として使われているのだそうです。
第4章では、ダーウィンの後半生と、その時期に行った研究が紹介されています。ダーウィンは50歳を過ぎた頃からランの花に強い興味を持つようになり、『ランの受精』という本を出版しました。それをきっかけに、『つる植物の運動と習性』や『食虫植物』、『植物の受精』『花のかたち』『植物の運動力』など、植物に関する多くの研究を次々に発表しています。『種の起源』以降、ダーウィンは植物研究に熱中していたのです。
72歳のときには、ミミズに関する著作『ミミズと土』が出版されます。それ以降、ダーウィンは本を書くことができませんでしたが、亡くなるまで短い論文を執筆し続けたといいます。晩年まで研究への情熱を失わなかったダーウィン。その姿に大変励まされるという方は多いのではないでしょうか。
著者が考えるダーウィンの現代的意義
ダーウィンが生涯を通じて取り組んだ研究は多岐にわたります。主なものだけでも、サンゴ礁の形成、古生物の化石の発掘、作物と家畜の品種改良、フジツボの分類、動物の心理と表情、人類の進化、花と昆虫の共進化、植物の反応と動き、ミミズと土といったように、ダーウィンは決して『種の起源』だけの人ではないのです。本書を読むと、ダーウィンが身分や属性に関係なく、さまざまな人々と積極的に交流しながら研究を進めていたことがよくわかります。鈴木氏は、このダーウィンの姿勢が、現代においても重要なヒントを与えてくれると述べています。
また、インターネットなどを活用することで一般市民が科学に貢献する「市民科学」という動きが広がり、科学者と市民の距離が縮まっている現状は、ダーウィンの生きたヴィクトリア朝時代に通じるものがあると、鈴木氏は言います。科学技術が高度に発展した今だからこそ、プロとアマチュアの垣根を越えた協力が可能になり、科学はますます身近なものになり得るのです。
そのためにも、正しい知識にもとづく「進化リテラシー」を育てることが重要です。本書は、きっとその一助となります。ぜひ、書店で見かけたら、手に取ってみてください。
<参考文献>
『ダーウィン 「進化論の父」の大いなる遺産』(鈴木紀之著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2024/07/102813.html
<参考サイト>
鈴木紀之氏のX(旧Twitter)
https://x.com/fvgnoriyuki
『ダーウィン 「進化論の父」の大いなる遺産』(鈴木紀之著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2024/07/102813.html
<参考サイト>
鈴木紀之氏のX(旧Twitter)
https://x.com/fvgnoriyuki
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