●ワシントンで感じた対中認識の温度差
皆さん、お久しぶりです。「10MTV」で安全保障・軍事の講話を担当している吉田正紀です。私は7月から、ご縁があってワシントンで仕事をしています。そこで今日は、ワシントンから見た現在の安全保障、特に米国は何をどのような認識を持って安全保障の政策や戦略に臨んでいるかといったことを、皆さんにお話をできればと思っています。
7月にワシントンに行きましたが、以前に安全保障のお話をした通り、私は佐世保地方総監という役職を経験した中で、自分の最後の課題は、中国というライジング・パワーとどのように向き合っていくか、ということでした。それが、私の仕事の大きな柱だったわけです。したがって私の頭の中では、安全保障上の懸念は中国なのだ、という意識でワシントンに行きました。
ところが、ワシントンに行って最初に驚いたのは、そこでは中国の脅威よりも、むしろロシア、あるいは中東のISIL(IS、イスラム国)、あるいはイランの核合意など、こういったところに議論の焦点が当たっていたことです。
●米軍指導層が最も脅威と感じているのはロシアだ
特にこれを安全保障上の観点から見ると、7月にはアメリカ上院の軍事委員会において、次の軍のリーダーの指名公聴会が開かれました。現在は既に皆さん就任していますが、あの時は7月9日に次期の統合参謀本部議長となるダンフォード海兵隊大将、7月21日に次期の陸軍参謀長となるミラー陸軍大将、23日に次期の海兵隊司令官となるロバート・ネラー海兵隊中将、そして30日に次期の海軍作戦部長となるジョン・リチャードソン海軍大将、こういった4人の軍のリーダーシップのノミネーション=指名公聴会です。要するに、彼らを軍のトップとして据えるということで本当に良いのかという問題について、上院が実際に直接本人たちに尋ねる催しが、相次いで行われました。そしてこの時、各軍の新リーダー予定者は、それぞれ次期配置における課題や脅威認識等について意見を述べたわけです。
そして、その中で私が最も驚いたのは、統参議長・陸軍参謀長・海兵隊司令官が揃って、米国の安全保障に最も脅威を与える存在として、ロシアを挙げたことです。その理由をかいつまんで言うと、まずロシアが依然として唯一米国に対抗できる核戦力を保有、すなわちその能力を持っているということです。しかしながら、近年の欧州方面でのロシアの行動は、かなり好ましくない、あるいは信用できない。意図がよく分からない。すなわち、能力を持っている一方で、その意図が極めて不明確である。こういった観点から、ロシアを一番目の脅威と認定したわけでしょう。
これは、私にとっては非常にショックなことでした。今日は、アメリカがなぜそのようにロシアについて考えるのか、ロシアがいま、どのような国家戦略、あるいは国防戦略にのっとってやっているかといった、最近のロシア情勢について少し述べてみたいと思います。
●「強い国」を目指すロシアの国際政治戦略
さかのぼるときりがありませんので、ちょうど今のオバマ政権ができた2009年ぐらいから後のロシアに焦点を当てて、簡単にお話しします。2010年に策定されたロシア連邦軍事ドクトリンでは、「大規模戦争の蓋然性は低下する一方、軍事的な危険性は増大しており、NATOの東方拡大と欧州におけるMD(ミサイル・ディフェンス)システムの構築を特に懸念している。そして、米国やNATOの脅威は引き続き大きい」とあります。これが、2010年のロシアの連邦軍事ドクトリンの認識です。
そしてロシアは、これらの脅威への対応を通じて、「強い国」ロシアの建設を継承します。2008年以降、かつての旧ソ連のような米国と並ぶ軍事的な超大国を目指すのではなく、米国の一極支配に対抗することで世界を多極化させ、米国の影響力を排除できる一極となるとともに、チェチェンに見られるような地域紛争等の局地的な脅威に屈しない、強いロシアの建設を政策目標として、「経済のイノベーション」および「国民生活の質的向上」の2点が、国家発展の最優先課題に掲げられました。
そして2012年3月、ドミトリー・メドベージェフ大統領の任期満了に伴い、まさにこの「強いロシア」の復活を具現化するようなウラジーミル・プーチン氏が、大統領選挙において再選を果たし、「強いロシア」の建設を国家目標とする各種政策が現在まで継続されている。これが、ロシアの状況です。
このロシアは、軍事的にはどのような戦略を持っているかといいますと、まず対米の核戦力バランスの維持等を目的に、戦略的な核戦力を維持しています。そして、ソ連崩壊の一つの大きな要因となった、肥大化し過ぎた通常戦力を削減し、小規模紛争対応型の軍隊に変革することを...