テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

どっちつかずの関係こそが繁栄につながる?!

ワシントン発、安全保障の未来像(5)戦争と平和の間の道

吉田正紀
元海上自衛隊佐世保地方総監/一般社団法人日本戦略研究フォーラム政策提言委員
情報・テキスト
アメリカ・中国・日本は、GDPの上位3位を占める経済大国であり、互いに武器を取って戦うべきではない。元海上自衛隊佐世保地方総監・吉田正紀氏は、たとえ居心地の悪さを感じてでも、この3つの国は「戦争と平和の間」に立って安定化の道を模索すべきだと言う。ワシントンから見えてきた、極めてリアルな安全保障の「未来像」とは? (全5話中最終話)
時間:06:56
収録日:2015/11/11
追加日:2015/12/31
≪全文≫

●アメリカにとって中国はまだ明確に「敵」ではない


 こういった状況の中で、アメリカは、どのようにリバランスをはじめとする政策をやっていくのか。CNAS(新アメリカ安全保障センター)というアメリカのシンクタンクに所属するパトリック・クローニン博士が米国下院外交委員会、アジア・太平洋小委員会で行った証言を見てみます。これは「米国の南シナ海における安全保障上の役割」という題名ですが、この中で博士は「米国は戦争と平和の間を進んでいく」という表現をしています。

 どういうことか。もう一度、今回冒頭で述べた上院での各リーダーのノミネーション(指名公聴会)に戻ると、公聴会では、当然のことながら各軍の次期リーダーに対して、南シナ海での行動や、人民解放軍の軍事力としての評価等の質問が多くなされました。しかし、彼らの口から、明確に中国が脅威である、あるいはエネミー(敵)であるという認識は表現されていません。少なくとも、軍事的な対応がいますぐ必要とは考えられていない。

 従来から中国に対しては、政治外交的表現として 「concern」(懸念)という表現が使用されてきましたが、実はこのノミネーションにおいても、ほぼ同様の単語 「concern」が使われているというのが、いまの状況です。なぜそこが大事なのかという話を始めると、それこそ時間がいくらあっても足りません。


●日米関係が「反転」した米中関係


 今回、慶應義塾大学での授業があって帰国しているのですが、帰国直前にCSIS(米戦略国際問題研究所)の方と、中国についての議論をする機会がありました。この方は、経済の補佐官としてオバマ政権に入り、現在はCSISにいます。

 私からは、今日述べたような話をした上で、どうなのかと彼に聞いたら、彼からの答えは非常に面白いものでした。彼いわく「いや、実はアメリカは同じ経験をしているのだ」と。どういうことかというと、「1980年代の日米関係だ」ということです。正確には、「1980年代の日米関係のミラー・イメージ(鏡像)だ」と言ったのです。

 彼と話をしてみると、要するにこういうことでした。1980年代はまさに冷戦末期で、安全保障上、最も日米関係が強化された時代です。ところが、日米の経済関係は最悪でした。日米関係は、経済摩擦に代表されるようなジャパン・バッシングが行われました。経済関係は最悪、けれど安全保障関係は最高、これが1980年代だったと彼は言うわけです。

 そして彼は、いまの中国はそのミラー・イメージだと言うわけです。ミラーというのは、要するに左右反対に映るということですから、中国とは安全保障関係は最悪かもしれないが、経済関係は(最高)、これが彼の意見でした。


●日・米・中で「戦争と平和の間」の道を模索すべき


 実はここに、アメリカの対中政策、あるいはわが国も含めて、中国とどう向き合うかという問題の原点があるような気がしています。すなわち、GDPの1位・2位・3位、こういった経済的な相互関係がある3カ国にとって、安全保障上の問題は、例えば対ロシアや対中東のように軍事的な手段にすぐに訴える、あるいは軍事的な手段による抑止といったやり方に持っていってはいけない、あるいは持っていくべきではない。この状況の中でわれわれは、中国に対する政策と戦略を構築しなければいけない。こういうことなのだろうと思います。

 今回の南シナ海の件は、ある種非常にセンセーショナルでしたが、これは決してピークでも終わりでもなく、単に始まりにすぎないと私は思います。クローニン博士が言うように、われわれは非常に居心地が悪いけれども、決して軍事的衝突を紛争や戦争に昇華させず、かといって安定的でだが平和的ではないという、この間を生きていかなければいけない。そういう時代に入ったのではないかと思います。

 そしてそういう意味では、日本、そして自衛隊は、2010年代から、南シナ海より簡単ではありましたが、東シナ海で経験をした唯一の国ではないかと思います。

 この後、私はワシントンに戻りますが、そうした経験を元にして、どうやればこの平和と戦争の間でわれわれが共に繁栄し共に安定化を図れるか、その道を求めていきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。