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テロ抑止の3つの処方箋

「テロ」とは何か(4)民主主義とテロ抑止力

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
『中東複合危機から第三次世界大戦へ』(PHP新書)の著者で、歴史学者・山内昌之氏が、われわれが今すぐ取り組むべきテロ抑止のための方法について解説。成熟した民主主義国家において、目の前の危機とその先への危惧にどう向かうべきかを問う。(全4話中最終話)
時間:11:49
収録日:2016/04/05
追加日:2016/05/05
≪全文≫

●課題は短期・中期の「テロ抑止力」の充実


 皆さん、こんにちは。

 日本にとってテロリズムは対岸の火事、あるいは、遠いどこかにある危険ではないのです。本年(2016年)5月の伊勢志摩サミットや2020年に予定されている東京オリンピック・パラリンピックなど、私たちの一連の長いこれからの平和な生活と国際的な貢献に対して、一番脅威を与える存在はテロです。

 こうしたテロをなくすために長期の理想を語るのは大変大事なことですが、当面、もっと大事なのは短期から中期にかけて、テロと戦争が結合することをいかに阻止するのか、そして、敢えて核抑止力にならった言葉を使うとすれば、「テロ抑止力」をいかに充実するのか、という点にあるのではないかと思います。


●テロ抑止の処方箋(1)テロ情報の国際的共有


 第一の処方箋はこうです。フランスやベルギーの教訓に学ぶことです。フランスやベルギーで露呈したのは、テロリストが国境を越えているのにテロ情報は国境を越えて国家間に国際的に共有されていない、という現実があるということです。こうした欠陥を是正して、国境を安々と越えるテロリストの移動を入国以前に阻止する、あるいは、域内の移動を自由にさせないためにそれを阻止することが重要だということです。つまり、日本にとって第一に大事なのは、欧米やアジアの国々とテロ情報について、国際的にもれなく共有し、人々の移動や出入りに関してきちんとしたチェックシステムを働かせるということです。


●テロ抑止の処方箋(2)事件ではなく戦争と認識する


 第二は、テロを狭い意味だけで捉えて、それを形而的な事件としてだけ考えるような旧思考に終止符を打つことです。私が何度も強調したように、ISのテロとは、国家ではないけれども殆ど国家に準じるような非国家的な主体の組織によるものです。したがって、これは国家とはピタッとシンメトリーにお互い向かい合うという対称性を持たない非対称的な、いろいろな要素が混じり込んでいるハイブリッド型の戦争として認識することが大事だということです。彼らISのような存在は、市民にまでシリア戦争のような戦場や戦線を直接、間接に拡げる手段としてテロを使っています。ですから、こうしたテロの予防がいかに厳しいか、いかに重要なのかということを、日本の市民の皆さんも認識し、理解することが大事な時代になってきたということです。

 テロの拡散を阻止するために、市民の言論や移動の自由を奪うのか、というような次元だけで処理するのは大変危険なことになります。例えば、テロが起きているところに旅行する自由や取材する自由、あるいは学問的な調査をしに行く自由がある。こういった自由だけでそこに移動し、入っていくことがいかに危険なことなのかについて、銘々がきちんと認識しなければ、テロを防ぐことはできないということです。


●テロ抑止の処方箋(3)不自由・不便を受け入れる


 第三番目は、本質的に私たち個人の生存や日本のような自由な社会を維持するために、何が必要かということについて、私たち自身が少し不自由や不便をしのぶことも大切だという認識を持つことです。現在、皆さんも経験していることですが、例えば、私たちが日本の代表的、伝統的な芸能やスポーツを楽しむために集まる大きな施設を考えてみると、これらに入るときに金属探知機もありませんし、荷物検査をするということもありません。

 テロは、日本社会、あるいは国際社会にとって一番打撃の大きいところを必ず突いてきます。私たちに打撃が加わった場合、大きなショックを受けるような、そういった日本の歴史や文化や伝統に対する直撃、あるいは、日本人ならば誰もが利用する公共の交通機関や駅、ターミナルなどといった地域や場所は、日本においてはホテルと同じように全く無防備であるといってよろしいかと思います。私が中東に出かけていつも痛感するのは、最低の金属探知機や荷物検査は徹底化していなくとも、少なくともルーティン化して行われています。ところが、日本ではルーティン化したシステムのレベルでさえ、金属探知機や荷物検査がないというのが現状です。

 残念ながら私たちはこうした点で、今後不自由さをしのぶ必要があります。自分たちの社会の自由と個人の生存を守るためには、例えば、施設に入場するまで長い時間待つような多少の不便さに対する忍耐強さなどを、われわれは一つ一つ得ていかないと駄目な時代に入ってきたという、残念な事実があります。


●発生予防型対策の重要性と問題点


 私は新著『中東複合危機から第三次世界大戦へ』(PHP新書)の中で、中東複合危機が欧州にまで波及するということを予見しました。果たしてそれはブリュッセルのテロにおいて現実になった感がありますが、残念ながらこうした中東...
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