●サウジアラビア副皇太子による大胆な国内改革
皆さん、こんにちは。サウジアラビアとアメリカという大きな括りで、これまで中東情勢、あるいは国際政治について考えてきました。今日は、イスラムとアメリカ、ひいてはサウジアラビアとアメリカという、国際関係における重大な二国間関係を考える大きな鍵として、本年(2016年)12月にアメリカ大統領選挙が予定されていますが、それに触れる前にサウジアラビアの内政改革や権力闘争の行方について、少しお話ししたいと思います。
これは中東およびサウジアラビア研究の中でも重要なテーマであり、サウジアラビアの近未来を分析する上で大変重要な視点ではないかと思われます。
何度か、以前のレクチャーにも話が出てきたサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン副皇太子(いわゆるMbSと略される人物)が、これまで試みられることのなかった大胆な国内改革に挑戦しています。中でも注目されるのは、別々の指揮命令系統にあったサウジアラビア国内のいくつかの軍を、一つにまとめようとしていることです。サウジアラビア王国軍は、基本的に陸・海・空・防空の4軍から成っていますが、他に国家警備隊、さらに王室警備隊、内務省の治安部隊といった兵力が併存しているわけです。このエリート兵力の各集団を、自らの指揮の下に統合するころが、MbSの大きな野心なのです。
●皇太子をしりぞけ王位継承を狙うためのシナリオ
これは副皇太子の指揮下にある兵力を固めるだけではなく、ライバルであるムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子(MbN)の力を奪う点に主眼があると伝えられています。
したがって、その重点は国家警備隊や王室警備隊というよりも、内務大臣を兼ねているMbNの力を削ぐために、内務省の直轄部隊にその矛先が向けられているようです。もし、内務省の治安維持の任に当たるような特殊部隊などを統合してしまいますと、皇太子のMbNに残される権限は、通常の刑事警察、あるいは大都市部を中心とした治安維持機能、ひいては監獄の管理といったマイナーな役割が残るにすぎません。MbSはさらに、警察庁と総合情報庁、いうなれば国内の総合的な警察権力と総合的な諜報、すなわち情報組織、これを統合する意図も温めていると思われます。
これらの動きを見ますと、MbSは北のシリア戦争、南のイエメン戦争による南北国境の緊張化、あるいは南北国境の環境の変化を理由に、国境警備に当たる国家警備隊を自ら支配する王国軍の下に統合する道筋を、正当化しようとしているといえるかもしれません。
こうした大胆な措置を実現できれば、MbNの影響力を政治と軍事から根こそぎ排除することができますし、それを成功させることで、年長で50代のMbNを内務大臣から解任し、30代の自分が一挙に皇太子の地位に就くことを願っているといわれています。いずれにしましても、こうしたプロセスは、高齢の父親サルマン国王から一足飛びに王位を継承するシナリオの完成につながるものと見られます。
●「ビジョン2030」の目玉は巨額の国家ファンド
もっとも、MbSは力ずくでMbNを駆逐できるとは考えていません。彼なりの将来に関わる新たな設計図がないと人心を掌握できないからです。この新しい構想こそ2016年4月25日に発表された「サウジアラビア・ビジョン2030」に他なりません。この「ビジョン2030」で一番目立つのは、MbSが財政再建と内政改革のために、まず2兆ドルもの国家ファンドを設立して金融競争力をつけるアイデアを、大胆に示したことです。
来るべき2030年に、サウジアラビアのドル箱ともいえるアラムコ(サウジアラビア王国の石油を管理している企業)の株式5パーセント未満を、民間市場に売却すると言明したことも、世界を驚かせるのには十分でした。MbSは世界の投資力の10パーセントを押える国家ファンドをつくることができると豪語しているのです。
他方、サウジアラビアは世界で3番目の武器購入国でありながら、その国内調達は大変少なく、国家予算の2パーセントといわれています。つまり、兵器産業の国産化が遅れているということです。この点でサウジアラビアの国産企業の育成を図り、兵器産業を盛んにすることによって、兵器調達率を高めようと決意しているわけです。すなわち、兵器産業の国産化に他なりません。
●GDPを世界15位に引き上げるための観光戦略
また2030年までに、今、高止まりしている失業率を11.6パーセントから7パーセントまで下げようとしています。このためには、中小企業によるGDPへの貢献度を35パーセントに高めるという数値目標の実現が必要になります。サウジアラビア経済はこの25年間、年率4パーセントで成長し、その経済規模(...