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アシックスによる「顧客との利用価値共創」の事例

サービソロジーと経営~サービスイノベーション(6)利用価値共創と満足度評価

村上輝康
産業戦略研究所 代表 
情報・テキスト
産業戦略研究所代表の村上輝康氏が、前回に続きサービソロジーによるサービスイノベーションについて具体的事例をもとに解説する。今回は優れた技術を店頭に持ち込んだことで顧客との利用価値共創を実現したアシックスと、便益遅延性を伴うため顧客満足度評価が難しい医療分野の例を取り上げる。(全9話中第6話)
≪全文≫

●アシックスの三次元足型計測技術による利用価値共創事例


 サービソロジーによるサービスイノベーションの事例についてお話をしていますが、今回は「利用価値の共創と満足度評価」についてです。

 まず、利用価値の共創ですが、これは顧客の事前期待と企業の価値提案の間のダイナミックな相互作用をどう創り出すかということです。それが価値共創ということになるのですが、では「価値共創、価値共創」と言うけれど、どうやってやればいいのでしょうか。そのニーズに応えようということで、サービスをエンジニアリングの対象にしようとするサービス工学のアプローチの事例を用いたいと思います。

 では、産業技術総合研究所のサービス工学研究センター長だった持丸正明氏が参画したプロジェクトを紹介します。これは、スポーツシューズメーカーのアシックスのケースなのですが、スポーツシューズメーカーにとって三次元の人体計測技術は、研究開発分野で非常に重要な意味を持っています。オリンピック選手のスポーツシューズをどのようにデザインするかということを考えるときに、この技術が大活躍するのですが、アシックスはこの技術を顧客接点の店頭に持ち込みました。自分の足型に合った靴を買いたいという顧客の事前期待に対応するために可視化をしているのです。


●店頭で徹底計測、データを可視化、微調整で最適な靴を作る


 例えば、アシックスの銀座の店に行くと、四角い箱がありますので、片足ずつ足を入れると、そこに4方向からレーザー光が当たり、それを8つのCCDカメラで撮ることによって、片足の立体形状のデータを5秒程度で取ることができるのです。それは実に7万カ所のデータになるそうです。こうしたことを両足で行います。7万カ所のデータが出るとそれを加工して、25センチ、26センチといった足のサイズ、4Eとか3Eといった足幅だけではなく、足の甲の高さやかかとの傾斜角、足指の長さや形、あるいはフットプリントといったものを、片足ずつ分かりやすく正確に可視化してくれます。

 こうした可視化が行われると、足の幅やサイズだけではなく顧客の土ふまずの形とか、標準的な靴と顧客の足の間の隙間のどこが広いか、指の形状にどうやって合わせるか、というようなことが分かってきます。シューズメーカーはいろいろなフィッティングパーツを持っているのですが、そうしたデータによって、どういうフィッティングパーツを組み合わせれば、その顧客にとって一番良いかということが分かるようになります。そうすると、顧客にとって最適と思われるフィッティングパーツの組み合わせから、まずインソール(中敷き)ができます。この段階で顧客に履いてもらい、それをベースにして顧客が「これは快適だ」と感じるようになるまで徹底的に、専門のトレーニングを受けたスタッフが店頭で微調整をしていきます。これによって、その人の歩行の快適性を実現する最適な靴が出来上がるのです。


●顧客と共に靴を作りあげるという利用価値共創


 この快適性を求めようとするコークリエイション(共創)の作業には20分から30分ほどかかるのですが、顧客が店頭で苦労しながら一緒に行うということで、出来上がったものに対する愛着が非常に大きくなります。私自身、アシックスの靴を使っています。ここ数年何足もビジネスシューズを買い替えましたが、独特のフィット感が気に入り全てアシックスになっています。また、私は1970年代に野村総合研究所(NRI)のロンドン事務所に赴任していましたが、その頃は既製の靴を履いていました。しかし、当時の貴族や大富豪はBeSpoke(ビスポーク)といわれる靴を履いていたのです。

 われわれは靴を買ってきて足を靴に合わせるわけですが、ビスポークは注文すると専門の職人が来て、徹底的に足の形を見て寸法を採り、木型を作るのです。われわれは普通、靴に足を合わせると考えますが、ビスポークの靴は木型に革をかぶせていって、それを一つ一つ丁寧に縫い合わせて作っていくのです。ですから、女王陛下もマリリン・モンローも、自分たちの足にぴったりのビスポークの靴を履いていたのです。

 20世紀はそういう状態でしたが、21世紀の今は、私のように普通の顧客がビスポークとほぼ同じような靴を履けるようになりました。こうしたサービスをこの仕組みは可能にしているということです。

 アシックスという会社は、売り上げの約3割が国内で、約7割が海外での売り上げです。非常にグローバルな会社で、この足型の計測器は実は国内よりも海外で非常に活発に使われたそうです。何カ国にも進出しているのですが、例えば、ヨーロッパに進出する場合でも、北欧と南欧では全く足の形が違うと思いますし、アフリカとアジアでも全く違います。アシックスは、この仕組みによってそうしたデータを何十万と集めました...
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