●準備段階に時間をかけるのは、炭素量を下げないため
質問 火床(ホド)の長さは、決まっているのですか。
松田 はい。だいたい決まっています。ここで刀を出し入れしながら焼き入れをするので、かなり長めです。大きめにつくっています。炭はかなり奥まで入れます。
もう少し伸ばすと、短冊3枚分が取れるようになります。そこから「折り返し鍛錬」が始まります。だいたいテレビなどの撮影はそこから始まることが多いのです。
最も多いのは、玉鋼を一度薄く圧(ヘ)して、焼きを入れて割り、その割れ口の具合を見て、積んで始めていくという流れです。ただ、そのように小割りにした鋼を積んで、「沸かし」の温度をかけると、脱炭する割合が高いのです。
今、行っている作業でも、ものが小さいため、なるべく火をかけすぎないよう、やっとくっつくぐらいの温度に加減しているので、時間がかかっています。一番大事なのは鉄の持っている炭素量をできるだけ下げないようにするということです。
玉鋼の炭素量はこれでだいたい1.6パーセントぐらいで、普通の玉鋼が1.4パーセントから1.5パーセントですから、少し高めというところです。玉鋼のいいところだけ集めているので、普通より0.1パーセントぐらいは高めになります。
これを10回折り返していくと、刀一本あたりの炭素量は0.7パーセントぐらいで、やや高めになります。こうなると、焼き割れしないように焼き入れをするのが難しい。普通は焼き割れを防ぐため、だいたい玉鋼1.4パーセントぐらいから始めて、焼き入れの時は0.6パーセントぐらいにします。ただ、そのぐらいにすると、刀の持つ波紋の明るさが少し落ちてしまいます。そこを明るくさせたいのです。
●玉鋼の持つ「仕事のしにくさ」が質のいい日本刀を支える
松田 テレビの番組などでは、よく「叩くことで不純物を取り除く」という言い方をします。私も始めのうちはそう思っていましたが、考えてみると和鉄には不純物などほとんど入っていません。鉄に含まれる不純物というと硫黄やリンですが、和鉄の含有量は洋鉄とは1桁違います。ほとんど入っていないといっていいのです。ほぼ純粋な炭素でできた炭素鋼なのです。
炭素鋼は焼き入れ性が悪く、扱いにくい部分があります。そこでもう少し扱いやすくしようと考えたのが現代の刃物鋼である安来鋼です。ただ、問題はその「扱いにくさ」をどうするか。扱いにくいから扱いやすくするのではなく、「扱いにくさ」をうまく利用することで、非常に丈夫なものができます。
著書の中で書きたかったのは、玉鋼の持っている「仕事のしにくさ」そのものです。そのため、明治になって仕事のしやすい洋鉄が入ってきた時に、そちらへ移った人たちは生き残り、なまじ腕のある人たちが和鉄にこだわってつぶれていってしまいました。
効率を考えないと生き残っていけないのは、現代も同じです。例えば、中国や韓国が日本から技術を習って鉄を大量につくりますが、本当に重要な部分では日本の製鉄の技術に頼っているのです。ですから、日本は「いいもの」をつくる技術でしか生き残れないということです。私たちのようにいわゆる利用価値という点で仕事をしているわけではない人たちは、量では勝てないので、質の勝負をしないといけません。
●鉄や焼き物と深い関係を持ってきたわらの化学的性質
松田 鉄とわらは昔からとても関係が深いのです。昔はわらが接着剤だといわれていましたが、実はケイ素という成分を持っていることが分かっています。わらが溶けると、周りよりも温度が高くなり、くっつきやすくなります。ですから鉄同士をくっつける補助剤のようなものです。
焼き物の場合も、わらをとても大事にしています。私は詳しくないのですが、焼き物ではもち米のわらが重宝されているそうです。もち米のわらは溶けにくいため、わらより鉄の方が先に溶けてしまいます。そのため、焼き物でかなり温度を上げなければいけない場合は、もち米のわらが活躍するようです。
●試薬を用いた「実験のための実験」は技術に結実しない
松田 著書でも少し触れましたが、青磁の再現は非常に科学的な話で、東京工業大学の学生が熱力学の方から卒論のテーマとして選ぶことはあります。彼らが釉薬をつくるときは、実験の試薬を使います。しかし、試薬とは99.99パーセント純粋な物質です。そういうものを用いると、原因は判明しやすくなりますが、いざ自然のもので再現しようとしてもできません。、それほど純粋なものは自然界にはないからです。つまり、試薬は世の中にはあり得ない存在であって、それを用いて考えた人は応用が効きません。現在、自然にあるものでやるにはどうするかを考えなければ、技術にはならないのです。
青磁を実際にやっている知人は「試薬なんてものは、世...