●日本人ほど被害者意識から来る反発心が強い国民はない
質問 これから日本人の価値観が変わっていく中で、同じ時期に米中が親密な関係になれば、日本人はアメリカに裏切られたという感覚を持つのではないでしょうか。2020年代はどうなっていくでしょうか。
中西 これまで考えないようにしてきたこと、あるいは先延ばしにしてきたことが、全部重なってくるのが2020年代だと思います。それらがつけのように、全部来ることになります。昭和のあの戦前の頃、日本人は暴走しました。これも実は日本の国民性です。韓国は恨(はん)の文化ですが、日本の方が恨みは強いのです。
韓国人は、いつまでもしつこく言ってくるように見えますが、それは一つの感情のはけ口とでもいえるかもしれません。実際には、あっけらかんとしています。その意味で、韓国の恨は陽性です。しかし、自分が虐げられた、裏切られたという被害者意識から来る反発心の強さでは、日本人ほど強い国民はありません。アメリカとの戦争が始まった時、負けると分かっていた人もいたでしょうが万歳を叫びましたし、青空が見えたと言った作家までいたわけですから。これほど怨念の民族はいません。
その背後には、性善説的な価値観があります。人は正直で、お互いに本当のことを語り合い、平等で和気あいあいと暮らしていく、という価値観です。こうした意識を持った民族が、いったん裏切られ、転落して本来いた場所からはじき出されたとき、その恨みの感覚はいっそう強くなるでしょう。他の国民性では考えられないほど、大きな抵抗を生み出すことになります。強い摩擦を引き起こす根本的な原因になるでしょう。
庶民の中ではじかれた人であっても日本人は優秀です。欧米のように、誰が見ても落ちこぼれの人がはじき出されるわけではありません。何らかの分岐路でちょっと選択を間違えただけで、本当に大きな格差になってしまいます。そうした人たちは優秀なだけに、反発したときにはいっそう厄介です。昭和初期の極右団体の運動家も、非常に優秀な人たちです。
●虐げられたと思っている人たちが反皇室になる
さらに、日本には直接行動の文化も明治維新、幕末維新以来あります。いろいろな側面はありますが、坂本龍馬はいまだにヒーローです。日本で何か直接行動が起こる可能性も、少しは考えておくべきかもしれません。特に政治家はそうでしょう。天皇陛下には、それを心配しておられる節が見受けられます。
昔が良かったのは、はじき出されて下層にいってしまった人たちが、天皇陛下なら自分のことを分かってくださると思っていたところです。昭和初期はこの思いが過激に出て、二・二六事件が起こりました。真ん中にいる人々が悪いから切り殺そう撃ち殺そう、となったのです。しかし、今は下に押しやられた、虐げられたと思っている人たちが、逆に反皇室になるのではないでしょうか。これは昭和20年代と同じ傾向です。当時、生活苦を背負わされた人は反皇室になったのです。これはどこの国でもよくあることですが、今の日本人は、戦後の豊かさの時代しか知らないからこそ、恐ろしいところがあります。
●格差拡大の財政再建では危機が拡大しかねない
日本の持続する繁栄というものは、それこそ「パックス見せかけ」です。今一番難しいこと、日本に与えられた客観的な選択は、財政再建です。他の条件を無視して何が必要かと言われたら、そうです。大英帝国の歴史から考えても、今の日本の最大の課題は憲法改正ではありません。憲法をいくら改正したところで、経済について、ない袖は振れませんから、自衛隊の予算もどんどん減っていきます。分かり切った話です。
しかし、財政再建をやろうとすると、途端に格差増大の方向に向かってしまいます。この経済構造こそが問題でしょう。正直に言って、ここには最適な答えが見つかりません。今の経済構造を前提にする限りは、財政再建こそが課題です。これは誰が見ても世界史的真実であり、これ以外に日本で優先すべき課題はないほどです。
財政再建しなければ、衰退あるのみだからです。最悪の場合は、滅亡でしょう。しかし今の日本の経済構造や政策システムで考えれば、財政再建を行えば、必ず格差拡大、地方の疲弊、少子化のさらなる進行といった、悪い方向に進みます。したがって、こうした方向に進まないような経済構造や政策体系を考えた上での財政再建論でなければならないでしょう。財政は再建できたが国家は崩壊したとか、秩序が完全に失われて極右国家になってしまったとか、そういうことがあっては元も子もありません。