●ロシアに有利な世界をつくろうとするプーチミンテルン
質問 ロシアがトランプ大統領就任を後押しし、ヨーロッパの選挙にも影響を与えているのではないか、という向きがある。ロシア問題についてどうお考えでしょうか。
中西 ウラジーミル・プーチン大統領のロシアが、各国の政治に対して隠密の部隊や非合法な手段を用いて外から影響を与え、ロシアに有利な世界をつくろうとすること、これを私は「プーチミンテルン」と呼んでいます。かつて共産主義の時代には、ソ連が中心になって、世界中に共産主義革命を引き起こすための秘密工作を行う、コミンテルンという組織がありました。ヨーロッパ諸国や日本、アメリカといった自由主義の国で、革命運動を行っていたわけです。これのプーチン大統領版が、プーチミンテルンです。これが今世界に広がっているのではないかと懸念されます。
例えばアメリカの大統領選挙でも、ヒラリー・クリントン陣営の民主党に対してサイバー攻撃を行い、彼女のメールを盗みました。ヒラリー候補に非常に不利になる情報を暴露するという狙いがあり、それをどうやらトランプ陣営は知っていたのではないか、選挙中にロシアと関係を持っていたのではないかと、疑われています。
2017年フランス大統領選挙でも、国民戦線のマリーヌ・ルペン候補は完全にプーチン氏の手の内にありました。やはりプーチン氏としては、ルペンを勝たせたいわけです。ロシアなどの銀行から大量に融資を受けて、国民戦線は大躍進を果たしました。他方、エマニュエル・マクロン候補の陣営には、サイバー攻撃やいわゆるヒューミント(人間を使った秘密工作)が行われました。こうしたことが暴露され、フランスの新聞が連日報じていましたし、英米の新聞でも大きく取り上げられています。
ただし、そこはさすがのフランスです。アメリカの例で分かっていたからかもしれませんが、あらかじめ防諜機関がしっかりガードをして、プーチミンテルンからの工作や攻撃の大半を跳ね返したと言われています。結果的に、2017年の大統領選挙でマクロン陣営はダメージを受けませんでした。フランスのインテリジェンスが力を発揮したのでしょう。フランスは、情報を取ってくるのはあまり得意ではありませんが、攻撃を防ぐのは得意です。昔からフランス警察といえば、世界に冠たるジョゼフ・フーシェ(19世紀フランスの政治家。近代警察機構の創始者で、秘密警察を駆使して政権を渡り歩いた)の伝統があります。フランスは警察国家なのです。
●プーチミンテルンは今の世界情勢を見る補助線となる
極右がヨーロッパを中心に世界にこれだけはびこったのは、おそらくクリミア、あるいはウクライナ紛争以後でしょう。プーチミンテルンが、西側主要国の政治をこうした手段を用いてでも動かそうとしているのです。これも今の世界情勢を見るときの、一つの大事な補助線になってきます。
英語でいえば、「ハイブリッドウォー(Hybrid war)」です。ハイブリッドとは、政治的な工作やハッキングなどの電子工作、そして軍事力の行使が組み合わされているという意味です。軍事力に関しても、秘密裏の工作がなされています。例えば、どこの国の部隊か分からないような特殊部隊を、いっぱいつくるわけです。クリミア半島に最初にロシアが入っていった時も、どこの国の者だか分からない警察部隊がいました。制服の憲章も付けておらず、ロシア語を話していながら、ウクライナの警察部隊を名乗るのです。各国のマスコミはいぶかしがりながらも、それ以上追及できませんでした。
あるいは、クリミアでは2014年にロシア連邦への編入をめぐって住民投票が行われました。それはロシアが要所を全部押さえた上で行われたのです。住民投票の結果、ロシア領への編入が可決されましたが、これは全くのインチキだと思います。「パックス見せかけ」の時代は、このようないかさまが通用してしまう時代です。
●アメリカは戦略的コミュニケーションを開発してきた
ロシアのハイブリッドウォーという概念は、ロシアの軍人、ヴァレリー・ゲラシモフ氏によって名付けられたものですが、アメリカやイギリスの側にも、いわゆる政治情報戦という概念があります。「political warfare」や「political information strategy」と呼ばれている情報戦略で、それを駆使してメディアを動かそうとしているのです。
今回の北朝鮮危機でも、アメリカのペンタゴンはメディアを操作しています。航空母艦カール・ヴィンソンが北上するだの南下するだの、あるいはアメリカが先制攻撃を行うとか、斬首作戦を実行するなど、2017年3月末からさまざまな情報が流されました。これは明らかにアメリカの国防総省が中心になって行っている、戦略的コミュニケーション政策の一環でしょう。こうした新しい外交と、...