●2016年はVR普及元年
VRの技術そのものに関しては、今まで話してきましたように、一定のめどがついてきたという状況だろうと思います。やっと動くようになったという状況ではなく、ある程度のクオリティのあるシステムがすでにリーズナブルなコストで利用可能だという状況にはなってきたということです。
そして、まさにこれから大胆に始まろうとしているのは、VRの技術をどうやって社会実装していくかというところでしょう。ですから、シリーズ1話目の最初の方で「2016年がVR元年」と申し上げましたが、VR普及元年だということであれば、そんなに間違ったことではないと思います。
●HMDが目に与える影響とその可能性
もちろん普及に当たっては、さまざまな障害がこれから立ちはだかってくるということはもちろんですし、それを克服できて初めて、技術として一人前のものに成長していくと思います。
即物的に考えると、おそらく皆さんが最もご心配されるところは、「HMDって大丈夫?」というようなことではないでしょうか。また、「目に悪くないのか」あるいは「斜視になるのではないのか」ということもよくいわれています。こういった問題は、どんな技術に対しても、すべからく起こってくることで、そこはその分野で権威のある人たちにそういう側面から研究していただき、実際の影響などについて見ていくということだと思います。
短期的な影響に関しては、研究者はすでに30年ほど使っていますから、そういった人たちの目がおかしくなったという話は聞いていません。少なくとも通常のVR体験に使うというくらいなら、そんなに心配はいらないのかなと思います。
ただ、それが一般に広く普及していったときはどうでしょうか。研究者は実は、そんなに耽溺するほど没入して使うという状況にはまだなっていません。よって、それが趣味化して広がっていったとき、本当に大丈夫かというのは時間的問題として、これから恐らくぽろぽろと出てくるのではないかと思います。
実際の機械は人間の外にありますから、そういう意味においては、例えば「自動車が人間に悪い影響があるんじゃないの?」といっても、自動車は人間から比べれば基本的に何メートルも先にあり、そんなに近いわけではありません。ところが、VRのヘッドマウンテッドディスプレイは人間の体に非常に近いところにありますから、そういう意味では、もし影響があるとすると、その影響も大きくなるだろうと認識しておく必要はあると思います。
●技術は学際的にさまざまな分野から検証していく必要がある
もう一つ、非常に重要なことがあります。われわれは、どちらかというとVRの技術を広めようと思っている側なので、そういう人たちの言うことだけでは、説得力が乏しいでしょう。ですから、そういった技術は、学際的にさまざまな分野からも検証していく必要があるだろうと思っています。
例えば、VRなどの映像的なものが赤ちゃん、あるいは幼い子どもにどんな影響を及ぼすのかということに対して、われわれが「大丈夫ですよ」と言うのと小児科の先生が「大丈夫ではないですか」というのでは、立場上、意味が全く違ってきます。
先ほど、東京大学にバーチャルリアリティ教育研究センターという組織ができたとお伝えしましたが、それが全学的な組織だということが極めて重要です。実はバーチャルリアリティ研究センターは、工学部、情報関連の学部、医学部、文学部など、さまざまな横型の組織全てを合わせて7つほどの部局(学部)になりますが、そういった複合的に支えていく全東大型のチームになっているのは、そうした意味もあります。
●「HMDは酔いやすい」という問題と乗り物酔いとの関係
また、非常に即物的な問題として「HMDは酔いやすい」ということがよくいわれますが、なぜ酔うのかという話を少しさせていただきます。
われわれには「乗り物酔い」という現象があります。どうして起こるかというと、われわれは目の前でさまざまな風景を見ていますが、その情報は視覚から入ってきます。また、前庭感覚といいますが、例えば自分の頭が傾いたとき、頭の角度や位置などが動いているという体の状態は、耳の奥にある前庭器から分かります。だから、真っ暗闇の中でも、自分の体が傾いていることが分かるのです。そうした前庭感覚と視覚から入ってくる2つの情報が少し違ってしまったりすると、脳に影響を与えるということで、それが「酔い」という現象です。
特に脳にはその2つを比較するような部門があるのですが、非常に鋭敏な人ほど酔いやすいといわれます。だから、「俺、酔っちゃってしょうがないんだけど」という人は非常に感性が豊かといいますか、感覚的に敏感な人が酔いやすいということです。それは嫌なことかもしれませんが、そう考えると...