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今も謎に包まれているアウレリアヌス暗殺の原因

軍人皇帝時代のローマ史(4)ガリア帝国とアウレリアヌス

本村凌二
東京大学名誉教授/博士(文学)
情報・テキスト
アウレリアヌス
260年代、ローマ帝国西部に大きな異変が起こっていた。「ガリア帝国」独立の動きである。これが静まると、アウレリアヌスという優れた皇帝が登場することになる。今回は、ローマ3世紀の危機を象徴する軍人皇帝たちについて語る。(全6話中第4話)
時間:10:56
収録日:2018/08/29
追加日:2019/01/24
タグ:
≪全文≫

●分離したガリア帝国がガリエヌスによって滅ぼされる


 260年代には、ローマ帝国の西部で、もう一つの大きな異変が起こっています。今のフランスを中心とする「ガリア」と呼ばれた地域に、ポストゥムスという皇帝のような人物が出てきたのです。もちろん正式に皇帝と認められたわけではありませんが、彼らはもうローマ帝国の属州を名乗りません。ローマ帝国内に、独立した別の帝国をつくろうとする皇帝たちが、ガリアを中心に出てきました。

 当時、正式にローマ皇帝だったのはガリエヌスです。しかし、ローマ帝国内にできたガリア帝国では、その内部で権力争いが起きます。10年ほどの間に5人の皇帝が殺されては出てきて、まるで権力争いによる軍人皇帝のシステムが出来上がっているかのようでした。

 分離したガリア帝国は、最終的にはガリエヌスによって滅ぼされます。別の形を取ろうとしたガリア帝国とともに、ローマ帝国からの分離運動もなくなってしまいます。

 結局、ローマ帝国全体としては軍人皇帝の時代が、ウァレリアヌス、ガリエヌス、クラウディウス2世と続いていきます。

 クラウディウス2世が疫病で亡くなった後はクィンティッルスという皇帝が出ます。彼はどうも人望がなかったのでしょう。軍人として期待されたほどの成果を挙げられなかったこともあり、精神的にかなり追い詰められ、最終的には自ら命を絶ってしまいます。即位したのは270年ですが、その後数カ月以内に、皇帝の地位についたまま自殺することになるわけです。


●「アウレリアヌスの城壁」をつくったアウレリアヌス帝


 その後、アウレリアヌスという皇帝が出ます。人間的にも非常に優れた面があったようですが、特に有名なのはローマに遺る城壁です。

 ローマの街に行くと、最古の「セルウィスの城壁」が最も内側にあります。紀元前5~6世紀に造られたので、きちんとした城壁というより、土を盛った土塁に近いものです。この城壁は、紀元5世紀まではずっと修復されて形を保っていました。

 しかし、軍人皇帝の時代、帝国の内部でもしょっちゅう軍隊同士の争いが起こるようになったので、ローマの街そのものもより堅固に防衛を固めなければならないというので、「アウレリアヌスの城壁」が外側に造られます。

 これは立派な城壁で、現在ローマに行って城壁として遺っているのは、全長約20キロにわたる「アウレリアヌスの城壁」です。今はローマ市内に含まれた形になっていますが、かつての「ローマの七つの丘」全体を広く囲んだものになっています。


●アウレリアヌス暗殺の理由は今も謎に包まれている


 城壁に象徴されるように、さまざまな事業や改革を行い、人間的にも非常に優れた皇帝だったにもかかわらず、彼は遠征中に殺されてしまいます。彼はモエシア出身の、いわゆるバルカン半島人ですから、人望はあっても、元老院貴族のような階級からは粗野・野蛮と見られるところがあったかもしれません。

 しかし、遠征中に殺されたということもあり、歴史家の立場からすると、なぜアウレリアヌスが殺されたのかは、少し分かりづらい問題です。人望もあったし、ローマ帝国改革に燃え、城壁に象徴される事業を行い、成果を挙げていながら、なぜアウレリアヌスは殺されたのか。

 もしかすると、極めて私的な恨みを買うようなことがあったのかもしれません。人間の世界ですから、全体として非常に優れた資質を持った人でも、得てして一人か二人の人物には恨まれるようなことがあるものです。そういう原因でもない限り、殺されたことがのみ込めないのです。

 彼が殺害された原因を考えにくくしている一つに、プライベートな反感や恨みを買っていたとしか考えられない殺され方をしたことがあります。遠征中、極めて身近な親衛隊の中のメンバーに殺されたので、もちろん逆にいえば身近な人ほど殺しやすい立場にいるわけですが、やはり個人的な怨恨でもない限り、あまり考えられないことです。


●タキトゥスからヌメリアヌスへ、最後の軍人皇帝たち


 その後、タキトゥス、フロリアヌス、プロブスという皇帝が続き、さらにカルス、カリヌス、ヌメリアヌスといった皇帝たちが登場してきます。もう本当に名前も覚え切れないぐらい、次から次へ皇帝が登場してきてはすぐに暗殺されてしまう。こうなるともはや、皇帝の暗殺はその時代の「現代病」のようにありふれた現象になります。「皇帝というものは、殺されて、次の皇帝が出てくるのだ」という具合です。

そのような状態が続く中、先ほど名をあげたカルス帝が殺された後に、彼の二人の息子、カリヌスとヌメリアヌスという皇帝が出てきます。この皇帝たちも最終的には殺されてしまう運命にあります。ヌメリアヌスの方が、トルコのニコメディアで先に殺されて亡くなり、カリヌスもまた側近によっ...
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