●「経済学」の名のもとに多種多様なアプローチがある
―― そもそも経済学とは、また「経済学的な発想」とは何か、というところを少しお話しいただきたいです。
柳川 まず、なかなか難しいお題だと思うんですけど、経済学というのは、幅が広い学問だと思います。いろんな側面がある、というのが今の経済学で、だからある意味で、「いろんな関心のある人が経済学をやれる」、という面があります。これは伊藤元重先生からも、学生のときに言われたことです。
例えば、非常に数学的なところに関心があるなら数理経済学の分野で、現実の経済を数学的に解く、というものです。逆に、その反対でいうと、歴史に近い分野だと経済史で、「実際何が起こっていたか」、ということを古文書とかを読んで解読する、というのも経済学です。
それから、話をわざとあっちこっちにさせますけど、数理的なところでいけば、統計学に近いものは、データを分析して、現実に起こっている経済の事象を明らかにする。皆さんが経済学といったときにイメージしやすいのはこういう話だと思います。統計データを使って、「GDPがどう」とか、「物価がどう」とかということを分析する、と。今は統計学だけではなくて、コンピュータの発達でいろんなデータをまわしたりする、ということだと思います。
もう一つ、理論的な分析ということで、数学とは少し離れて、現実の経済の活動というのはかなり複雑なものなので、これを抽象的な理論モデルに落とし込んで、「実際の世の中はどんなふうに動いているのか」ということをモデルに立てる。それを使って、例えば、政府の政策を考えたり、あるいは、企業のあるべき戦略を考えたり、というようなことで、多面的に考えられると。
それぞれ一個一個学問の名前がついても良さそうなものが幅広く入っている、というのが経済学の特徴です。なので、経済学者の人でも、最初は数学的なことをやっていたけれども、途中で歴史のほうに変わる人もいますし、政策提言のほうに変わる人もいます。ということで、経済学者、あるいは経済を研究している人の中でも、分野を変えていくとか、自分に合った分野を選んでいくことが、かなり幅広くできる、という意味では、例えば、数学などを専攻している人に比べて、幅が広い、というのが、経済学の一つの特徴だと思います。
●人々の相互作用における社会のありようを考える
柳川 では、その幅広い経済学の中で、全体を貫く柱って何なんだろうと。そこは経済学的な発想や思考に関係すると思うんですけど。そこの大きなポイントは、人によって意見が違うかもしれませんが、僕が思っているのは「社会のありようを考える」ということです。
社会というのは、物理的な機械を動かすことと何が違うのかというと、人と人との相互作用、お互い話をすることもあれば、議論をすることもあれば、あるいは一緒に働くこともありますけど、二人だけじゃなく、複数の人が集まって、相互にいろんなことをやり合う、と。そうすると、「一人が考えて何かをやったこと」、あるいは「一人が機械を動かして、何かをやったこと」とは、全然違う複雑さがあらわれますよね。人と人との関係で考えていくと、ですが。
自分が思ってきたことを相手が全て動いてくれるとは限らないし、これが二人なら、まだシンプルですけど、五人くらいになると、五人が全体としてどう動くか分からないじゃないですか。だから、その組織を動かすトップは、この複雑な社内の人間関係を把握しつつ、「こっちを動かすと、最終的にはこう変わる」とか考えながらやるわけですよね。これが社会全体になってくると、もっと複雑で、複雑な人間関係の中で、ものごとが動いている。この中を理解する、つまり、この「人間と人間とがさまざまに複雑に相互に関係しながら動いている社会をどれだけしっかりと理解をして、そのメカニズムを把握する」ということが、経済学の大事なポイントなんだろう、と。
経済というと、通常「お金の話」を中心に議論していると考えられがちです。確かにかなりの焦点はお金に絡む部分なんですけど、でも社会とは、お金にまつわる活動と、全然お金に関係ない活動とを切り離すことはできません。
―― 一緒ですよね。
柳川 一緒ですよね。それは、お金と関係ない友人関係みたいな話と仕事が関係しちゃうということなので、「友人関係が崩れたから、仕事がうまくいかなくなった」という話はいくらでもあるわけじゃないですか。それは社会全体として渾然一体なので、お金の話を考えようと思ったら、狭い意味での経済とかお金の話だけではなくて、社会全体を考えなきゃいけない、という意味では、「社会全体を包括して、今のように相互にどういうふうに人と人とが関わり合って社会が動くのか」ということを理解する。こ...