●香港の問題は社会全体に及んでおり、収束が容易でない
―― 次に、香港の問題についてです。今、ものすごく難しくなっていますけれども、香港はどんな感じでご覧になっていますか?
船橋 「夏が終われば、学生が結局またキャンパスに戻るだろう。そうなれば、街に出たり空港を占拠したりということはなくなるだろうから、自然に終わりますよ」という人がいますが、そう簡単じゃないですね。
「簡単じゃない」と言い方はおかしいですけど、今回のはそんなものじゃない。例えば40~50代の弁護士といった人たちまで街に出て、デモをしています。ビジネスの中でも、ビジネスのど真ん中の人も「ちょっと行ってきます」と言って、デモに出ていきますよ。ですから、彼らは1997年の7月1日に中国に返還されて、一国二制度で20年ちょっとやってきたわけですが、大体、真実を見たということだと思います。「ここで声上げなきゃいつ上げるんだ、自分たちがやらなきゃ誰もやらない」ということだと思います。
―― 20年で真実を見たんですね。
船橋 ようやくというか、見たと思います。
―― 誰も助けてくれない。自分たちでやるしかない、と。
船橋 それはやはりトランプのアメリカやイギリスを見ていて、旧宗主国も超大国も、いざというときにはやってくれないなということがあると思います。実際、旗を掲げたりしていますよね。そういう意味では、心の中では非常に、絶望とは言わないまでも、デスペラードという言葉に表されるような感情を感じます。
●台湾や中国の関与によって、ますます状況は困難になる
船橋 だから、台湾でも蔡英文政権が、香港で逃げてくる人があれば、台湾に来ていいですよと言い始めていますね。そうして、もう30数人が香港から台湾に、一種の政治亡命みたいな形で移りました。こういう動きがこれから出てくると思うんです。また、そうすればするほど、中国の方も台湾に対して、さらに敵対的になるでしょう。ということで、この状況は続いていくでしょう。10月1日の国慶節までに片付けなければ、中国の政治指導部はメンツが丸つぶれだという見方もありますが、彼らがそこで武装警察を入れ、実弾は発射しないにしても蹴散らかして綺麗にしたとしても、これはまた続くでしょう。
―― これは、すごく根が深い問題ですね。
船橋 構造化したと思いますし、長期化するでしょう。
●国際秩序はパワーとモラリティの関係によって成り立っている
―― それにしても、世界中で大変なことになっていますね。
船橋 2010年代というのが、1920年代から30年代にかけて、あるいは1930年代から40年代にかけての時代に似たような、秩序の崩壊過程であるという可能性があります。
―― E.H.カーの『危機の20年』が、新しい意味を持つ本になりますね。
船橋 そうですね。この本では、1919年講和条約からドイツがポーランドに侵攻した1939年の20年間を一応切り出していました。この間に、国際政治の中でも民族とか人種という、極めて理性的でないものが噴出してくると指摘しました。国境線をあっちへ引こうとか、こっち引こうとか、そういう国境の変更、修正を強いる動きが、いろいろなところで出てきて、経済成長というものがなくなってしまい、大不況に陥ってしまった。そこで中産階級が崩落、あるいは瓦解してくる。そういうようなさまざまなことがあって、「失われた20年」に至る。つまり、国際秩序も結局、内政の裏打ちがなければ崩れますから、そういうことで崩れていく。これが、E.H.カーが描いた『危機の20年』の社会です。
そこで大事なのは、理性的な法手続きやリーガリズムをいかに機械的に適用しようとしても、より本質的な地政学だとか人間社会の恐怖感を丁寧に分け入って、そこも見ながら対応していかないことには、それは根づかないということだと思います。ですからカーは、マキャベリの言葉を引用しています。マキャベリは「人間というのは、制約によってのみ正直になる」と言っています。つまり、constraintがあって初めてhonestだ、と。
そこで重要なのはパワーとモラリティの関係です。パワーの裏付けがなければ、モラリティはないのだということです。つまり、どこかの強国、大国が本当にコミットし、国際秩序というものを、自己利益でありつつ他の国も利益になるような形でつくって初めて、その秩序は持続できるんだ、と。国際秩序も地政学なのです。それがE.H.カーの洞察だと思います。今それが、もう一度必要になってきているんじゃないでしょうか。