●アメリカによっての新しい脅威が民間から出てきた
―― その意味でいうと、アメリカにとって、HUAWEI(ファーウェイ)みたいなものが出てきてもらっては困るわけですよね。
船橋 だから、アメリカもちょっと不意をつかれたんじゃないかと思います。中国の企業といえば、大体みんな技術を盗んでリバースエンジニアリングしているのだろうと高をくくっていたところ、そこから最先端の技術を、しかもその技術を十分にコマーシャライズした形で、ビジネスとしても成り立たせているわけですからね。新しい危惧が出てきてしまったのです。
しかも重要なのは、国有企業でなくて民間から出てきたことです。民間といっても、実は軍部と裏でつながっているのではないかとか、政府のインテリジェンスとつながっているのではないかとか、疑われてはいます。気が付いてみると、中国も国家情報法をつくりました。中国の企業は、国家が「欲しい」という情報は差し出さなきゃいけないということで、そのようなことまで義務化されています。これは要するに、民間企業といっても純粋民間ではないじゃないかという疑いがかけられるということです。
―― 確かにその通りです。
●中国は軍や政府と民間企業が強く結びついている
船橋 中国は国家と資本の関係や、軍と民の関係を、画然と分けられないじゃないですか。みんなどこかで融合してしまうし、曖昧だし。となると、「純粋」な民間って、今の中国にはないな、と。政府です、党です、軍ですというふうに、企業にも全部入るわけです。これはやはり、みんな不安ですよね。疑いを持ちますよね。
―― それはアリババもテンセントも、みんなそうでしょうね。
船橋:だから、アリババだろうがテンセントだろうが、ひと頃はあれだけ「これはやっぱ中国からも、(大企業が)いよいよ出てきたか」と思ったけれども、気が付いてみるとやっぱり、背後には不気味さや怖さを、みんな感じ始めています。こういうところに来ているんじゃないですか、今。
―― そうでしょうね。ある程度のサイズになると、ハイテク企業も国有企業化してしまうということですよね、実際は。
●中国の技術革新の展開はリベラルでない社会体制の賜物
船橋 だからそうなってくると、特にデータですよね。中国は人口13億人ですけれども、スマホの普及率はものすごく高いし、特にモバイルペイメントが進んで、WeChatにしても、全ての機能を持っています。この情報量はものすごいものがあるのですが、政府が「よこせ」って言ったら差し出さなきゃいけない。政府のほうも、個人のヘルスケアの情報にしても健康情報にしても何にしても、「これを使え」という形で、全てを企業に出していく。それに対して、プライバシーとかセキュリティとか事前のコンセント(同意、承認)とか、民主主義の社会で非常に苦労する部分は、全部吹っ飛ばしていくわけです。となると、早いですよね。
ですから、やっぱりそういう国と闘って、競争していくということの難しさと試練というものに、ちょうど今、われわれが直面したところじゃないですか。そうは言っても、長期的にはやはり、自由で創意工夫のある個人がイニシアチブを取って、みんながオウン・リスクを取っていくような社会から新しいもの生まれてくるし、非連続な技術革新、イノベーションが起こってくるだろうと思うんですけども。しかし、今の中国の爆進状態を見ていると、自由を十分に享受できないような体制でも、あるいはそうした体制のほうが、むしろ技術革新を加速化させるのであり、その点で、ある局面においては有利なんじゃないかともいえます。つまり、イリベラル・イノベーションというものがあるんではないかという感じもします。
●米中にトゥキュディデスが指摘した状況が生まれつつある
―― 「トゥキュディデスの罠」について取り上げたグレアム・アリソンの著書の完訳本『米中戦争前夜』(ダイヤモンド社)は、まさに現在の問題に関わりますよね。先生が序文を書かれたのは、2017年でした。
船橋 そうですね。「トゥキュディデスの罠」は、昔のペルシャとアテナイの間で起きた世紀の戦争に関わる言葉です。挑戦国はアテナイで、スパルタのほうが覇権国でした。トゥキディデスという古代ギリシャの歴史家がこの戦争について書いたわけですが、彼の洞察は、追われていく国の恐怖感、そして追っていく国はいずれ追いつき追い抜くというところから生まれてくる一種の傲岸さ、つまりおごりを明らかにしました。
―― おごりですね。
船橋 そうですね。追っていく国のおごりと、追われていく国の恐怖感がクラッシュしたときに、戦争になってしまうという洞察です。とっても深い洞察だと思います。
『米中戦争前夜』という本は、今、アメリカと中国にも、このトゥキュディデス...