●イギリスの議会制民主主義とは何だったのか
―― 例えば、ギリシャの民主制は、ちょうど1人の天才がいる50年間くらいは持ったけど、その後は崩れますよね。プラトンやアリストテレスは民主制に対して、結構懐疑的でしたよね。むしろ、貴族制とかローマの元老院のような仕組みのほうが良いんだ、みたいな感じのことを言っています。
世界中で同じような形のことが起きていて、イギリスにボリス・ジョンソンのような人が出てくると、イギリスの議会制民主主義とは何だったのかと思わされます。難しい時代ですよね。
船橋 トランプ現象みたいなものがあって、あのアメリカもこうなってしまうのか、と。だけど、アメリカの場合はそれでもまだ、トランプに対する反トランプの「バネ」が効いてくると思います。トランプ的なものはこれからも続くと思いますけども、しかし、ここはやっぱり「バネ」も効いてくると思います。
●ガバナンスを保ってきたイギリスがBREXITに突っ走っている悲劇性
船橋 それに対して、私が本当にショックなのはイギリスですね。イギリスは慣習法とかいろいろな形で知恵を出し合って、リーダーシップの質を維持しつつ、見事にガバナンスを保ってきた国です。つまりステイトクラフト(国政)、統治がしっかりしていたのです。そんな国が、自分の国の長期的な利益や戦略に全く逆らうようなBREXITに突っ走っているということの悲劇性です。
―― 悲劇性ですね。
船橋 これは民主主義を考えるときに、もっと深刻なものを感じます。だから、イングランドにとって、スコットランドやアイルランドとの関係が、ものすごく難しくなるでしょう。
―― そうでしょうね。独立してしまう可能性もありますよね。
船橋 だから下手すると、イングランドとウェールズだけになってしまいますね。そういう問題もあるし、ロンドンの金融機能だって、イギリスがこんな状況だったら失っていくかもしれません。「グローバル・ブリテン」といっていますけれども、EUほど、イギリスにとってありがたいマーケットやパートナーもないわけです。そこまで頭では分かっていても、心が離れていくという怖さですね。これがあります。そこは、ソーシャルネットワークも含めたメディアによる影響が大きいのではないかと思うのです。
●イギリスのリーダー育成構造は壊れてしまったのか
―― デーヴィッド・キャメロン氏から数えて、ジョージ・オズボーン氏もボリス・ジョンソン氏も、イートン校からオックスフォード大学に進み、いずれも正統的なイギリスの保守のリーダーを生み出す過程をたどってきたのです。しかし、人材としては3人連続で結果が出ていないということを考えると、この仕組み自体も相当壊れてきているのかなという感じがします。
船橋 ちょっと前ですけど、あるイギリスのエコノミストが、「何でこんなリーダーシップになっているんだろう」と言っていました。まさに今おっしゃったことを、イギリスでもみんな感じているわけで、「なぜ、まともなリーダーがちゃんと出てこないのか」という記事がありました。イートン校にしてもどこにしても、結局、気の利いたセリフを間髪入れずに言うとか、弁論だとか、ちょっとしたキャッチフレーズ、サウンド・バイトみたいなものをやるとか、仲間内でのネットワークとか、そういうところでいろいろなものを省略法ですっ飛ばし、いかに一番おいしいところにアクセスするかということばかり考えているのです。若いときからそんなことばかりやっていて、そこだけは異常に上達する。
職業選択も、そういう人たちというのは、メディアや広告代理業、コンサルタントとか、そういうところに行って、パーンと世界に飛び込んでいく。私もメディアにいましたから、メディアもそんなのばっかりじゃないとは思うけれども、しかし、そういう連中が牛耳るようになってからおかしくなったのだと、そのエコノミストは書いていました。本当かどうかはともかくとして、私も少し、何となくそういうところもあるのかなと思っています。
●ボリス・ジョンソンの攻撃的演説に見るイギリス社会の分断
船橋 だから、下積みの苦労だとか人の気持ちだとか、全体を束ねていく「unifier」というのですかね、なるべく摘み残さないようにしていく人物の素質がないのです。「自分対誰」で、相手を叩く、そういう政治になってしまうということです。
―― イギリスほど経験値を積み重ねて、それを自分の中にためていた国が、ここまで壊れてくるというのは、非常に不思議な感じですよね。
船橋 これもどこかの記事に出ていましたけど、ボリス・ジョンソン氏の演説の中で、6割から7割以上が、誰かを攻撃している内容だったそうです。だから、「みんなで心を合わせて、この方向に行こうじゃないか」という目標を掲げていく...