●ナショナリズムは分断の克服の「バネ」になるか
船橋 そうなると、今度は社会の分断を何とか克服しようとする必要がありますが、そのための1つの大きな「バネ」がナショナリズムですね。しかし、これがまた怖いわけです。
―― 1回火をつけると止まらなくなりますよね。
船橋 その両面がナショナリズムには出ていると思うのです。いろいろなイデオロギーが21世紀から生まれては死んでいったけれども、ナショナリズムは最強のイデオロギーだとつくづく感じます。
●韓国のナショナリズムは支持率上昇に一役買っていた
―― 確かにそうですね。例えば韓国などは、そういうイメージですか。
船橋 韓国のナショナリズムも、特に反日に流れるというか、そちらのほうに結局、傾斜しますね。私が非常に悲しいなと思ったのは、現在の文在寅政権にもそういうところがものすごくあるということです。朴槿恵政権の前の李明博政権は保守党ですけれども、その時に慰安婦の問題を日本との間でなかなか処理できなかった。それゆえ、日本に対する不満を非常に募らせたのです。
それで、2012年の夏、日本にとっても韓国にとっても難しい8月に、李大統領が竹島に行ったわけです。行くにあたって彼は「日本には、かつてほど国際的な影響力がない」と言いました。これは真実だし、その通りです。李政権の末期で支持率がものすごく落ちていた時期でしたので、竹島に行くことにより支持率が一気に倍まで回復しました。あれは彼が最初だったからでしょう、戦後、韓国の大統領で竹島に上陸したのは。
ですから、ナショナリズムは怖いなとあの時、思いましたし、日本も注意しなきゃいけないと思いました。日本のほうも、そういう兆しというのはありますから。だから、長期的な国益や国の安全保障、そして民生、Well-beingのために、ナショナリズムをいかに抑えていくかというのは、やはり政治の最も大きな要諦だと思います。
●グローバル化している韓国企業にとってナショナリズムはリスク
―― 確かに。しかし、文在寅大統領は先生が言われるのと逆の形のことをやってしまった。むしろ、韓国の人たちの心にナショナリズムの火を点けてしまった。それがもう、自動回転し始めて、今さら止めようと思っても、一回火が点くとなかなか止められなくなりますよね。
船橋 だから、何か気に入らないことがあると「チンイルパ」(親日派)とレッテルを貼って断罪し、仲間外れにするのです。これは怖いですよ。普通の生活までそういうものが蔓延していて、小学校だとか、そういうところまで及んでいきますから。このマイナスの影響は、計り知れないと思います。韓国の政治家の方には、ここは注意してもらいたいなと思います。
―― 韓国の財界人も彼ら自身が怖くて、もう韓国で商売やっていられないという感じに、段々なってきますよね。
船橋 そうはいっても、やっぱり韓国で生まれて、韓国で根を下ろして、あれだけの大きな財閥企業も作ったわけですから、国を捨てるというのはなかなかできないでしょう。また、本当にそう思っても、言わないでしょう。けれども、とってもリスクが高まっていると感じる経営者は出てきているんじゃないでしょうか。もともと韓国の財閥の大きいところは、日本に比べるとグローバル化しています。サムスンは典型ですが、事実上は相当グローバルになっていますね。
●韓国経済は中国の追い上げにより危機に瀕している
船橋 やっぱり問題は、経済をどうするのかというところです。ただ、文在寅政権では、ナショナリズムを刺激するような政策というか、特に言葉遣いが問題です。
けれども、国民は最終的には経済のパフォーマンスを見ます。2019年7月と8月に、日本は輸出管理の優遇対象となるホワイト国から韓国を外し、半導体製造過程に使うレジストなど3品目について、輸出案件ごとに個別審査を受けるよう要求しました。その後、韓国も非常にこれに反発して、支持率が上がりましたね。しかし見ていると、この支持率もそう長くは続いていませんよね。国内のスキャンダルもあったようですけど、基本的には重要なのは経済のところじゃないかと思います。
―― 韓国は今、経済的に厳しい状況ですよね。
船橋 造船は、中国に完全に追い上げられて抜かれていますし、鉄鋼もそうです。自動車がその次に来るんじゃないかと言われています。現代(HYUNDAI)は一時ほどの勢いがないようですし。そこへ来て、ついに半導体じゃないですか。
韓国は半導体一強みたいなもので、これまでサムスンにしても(売上高)世界1位あるいは2位を誇っており、SKハイニックスも3位でした。しかし、これについても中国が、どんどん追い上げています。中国からすると、つぶそうと思っているかどうかはともかくとして、サムスンを食ってやろうという...