●日本は態度を硬化させる韓国政府にどんな対応を取るべきか
それではこの事態にはどのように対応すれば良いでしょうか。
文在寅(ムン・ジェイン)氏とその政権の主眼は南北の融和と民族の統一にあり、その先には南北の協力強化と統一すら志向されていると思われます。また、自国の国力増加の認識と自分の国際的役割の高まりの自覚から、日本の地位と重要性は大きく低下しており、日本への妥協や譲歩の可能性はますます遠のいているといわざるを得ません。
文氏の歴史問題へのこだわりは強く、1965年の日韓基本条約は日韓の国力の大きな格差の下で強制された不平等条約であるから歴史的に清算しなくてはならないとの信念は、彼の中に固く存在していると思われます。こうした信念は、2018年10月の大法院判決を「尊重する」という彼の発言に反映されています。文政権の底流には、1965年の日韓基本条約は全面的に見直すべきとの考えがあっても不思議ではありません。併合時代の日本帝国の統治の正当性を弾劾し、謝罪と全面的な賠償を請求しようという考えがあると思われます。
一方、日本政府は、1965年の日韓基本条約は正当な国際条約であって、二国間の約束の遵守は信頼関係の基礎であると考えています。さらにいえば、この条約は1951年のサンフランシスコ講和条約の規定に基づいています。サンフランシスコ講和条約では、日本への賠償請求は大半の締結国が放棄しましたが、日本でなくなった、旧植民地といえる地域との請求権問題は、特別に取り決めを締結して解決すると規定されています。韓国とはこの規定を踏まえ、1965年に請求権協定を含む日韓基本条約を結びました。この協定を改定することは戦後体制を規定してきたサンフランシスコ講和体制の前提も崩しかねません。
しかも、仮に日本が徴用工の個別補償に応ずると、請求権を一括して処理したことになっているアジア諸国で、賠償問題をあえて蒸し返すことにつながりかねません。日本としては断じてそうした展開は認めることはできません。
このように考えると、日韓の直面する対立の問題には、文政権が続く限り解決の手がかりも可能性も見えにくいといえるでしょう。
こうした状況と条件を前提にすると、日本が取り得る対応は、日本が国際条約を順守する法的正統性について国際的理解を可能な限り求める努力を行うということが挙げられます。その一方で、文政権の韓国の日本との信義や信頼を無視した要求や行動には取り合わず、無視ないし静観するのが成熟国としての合理的対応ということになるでしょう。
●今後の日韓関係に対する韓国知識人の意見
それはそれとして、最近、旧知である韓国知識人の方たちとこの問題について深く語り合う機会がありました。その中でこれからの日本の対応の在り方として参考になる示唆を得たように思いますので、この機会に触れておきます。
これは2019年8月末にベトナムで行われた国際プロジェクトに参加した際のことで、彼らは日本をよく知り、私と協力してこの国際プロジェクトを長年実行してきたことからも、親日派の知識人といえます。この教授たちとこの問題について深く意見交換する機会があったので、彼らの意見の一部を紹介したいと思います。
その一人であるR教授によると、「韓国の多くの人々の考えでは、慰安婦に、日本からは『心からの謝罪』がない。政権がその都度、談話を出しているが、心がこもっていない。その上で、韓国を信頼できない国としてホワイト国リストから外すという仕打ちを受けたので、反日感情が炎上した」、ということです。その限りでは文喜相(ムン・ヒサン)国会議長の発言に共感する人々も多い、と指摘しました。
M教授は、今回の日韓対立問題は、法的正義と道義的正義の二面があると指摘しました。法的には安倍政権の主張には理があるといいます。しかし、国際関係は法的ルールだけで処せない道義的側面もあるのではないでしょうか。例えば、1965年の日韓基本条約は、日韓の経済力に大差がある時、しかも冷戦たけなわで日韓関係正常化へのアメリカからの圧力もある中で結ばされた、いわば不平等条約で、対等な関係で条約を結びたいという道義的な意味を理解しても良いのではないか、という意見です。
比喩的にいえば、江戸時代末期に欧米列強との国力の大きな格差の下で日本が結ばされた安政の不平等条約について日本は大いに不満を持ったが、日本の国力が高まる中で、陸奥宗光らの活躍で30年以上経た後、ようやく不平等条約の改正が成ったという故事もあるではないか、と知日派である彼は指摘しました。
R教授は、慰安婦問題への謝罪についていえば、日本は本当に韓国と信頼関係を築こうとしているのか、という点に関して疑問が残るといいます。その問題を考えるとき、参考にされるもの...