●中国の「人工島」問題における二つの正義
皆さん、こんにちは。今回は「国際秩序」について、少し話をしてみたいと思います。
国際秩序は、力(パワー)と価値(正義)という二つの要素とその相互関係によって形成され、維持され、そして改変されます。
21世紀に入って以降、アメリカが主導する「法の支配を基礎とする、自由で開かれたリベラルな国際秩序」は、アメリカのパワーと威信の揺らぎ、そして中国やロシアの力による現状変更の動き、さらには従来の秩序を支えてきた「西側陣営」の経済的・社会的行き詰まりによって大きく揺らいでいます。パワー・シフトが進むなかで、国際秩序はどう変化していくのでしょうか。
パワーと正義の関係は、国際政治においても一筋縄ではいきません。力を伴わない正義も、正義を欠いた力も普遍性と持続性を持ち得ません。
南シナ海では、アメリカと中国が力と正義をぶつけ合っています。アメリカは、リベラル秩序の「正義」(「法の支配」)を主張して、「力」の行使(「航行の自由作戦」)を示しています。これに対して中国は、当事国でないアメリカが「国際法」の名を借りて南シナ海問題に介入していると批判し、中国の「正義」(国際法が認める主権や領土保全)を侵害していると非難し、「力」の行使(人工島建設とその軍事化)を続けています。つまり、アメリカも中国も、それぞれが異なる「正義」を掲げ、それぞれの「力」を互いに行使しているのです。
現段階で見る限り、アメリカの行動が中国の行動を止めることができたかというと、そのような効果・効力はなかったと言わざるを得ません。中国からすれば、「航行の自由作戦」こそが南シナ海を軍事化するものだということです。アメリカは中国の人工島化・軍事化批判をし、それに対する「航行の自由作戦」を行っているのですが、それこそが南シナ海を軍事化するものだと中国は言い、自国の主権と領土を守るため、「自国の」島嶼を軍事化せざるを得ないと主張しているのです。
●「超えてはならない一線」を超えない「サラミ戦術」
こうして二つの異なる「正義」は衝突し、国際秩序は「力」によって変質していくわけです。中国は、「サラミ戦術」(力の行使により少しずつ既成事実を積み重ねることで有利な戦略環境をつくり出そうとする戦術)を駆使して、アメリカの「超えてはならない一線」を超えない範囲での現状変更を図る動きを続けてきています。したがって、アメリカが「航行の自由作戦」以上の力を行使(すなわち、中国と武力衝突)することは難しく、中国もそれを見越して行動してきたのです。
しかし、世界では、一方的に人工島を造成し、軍事化し、仲裁裁判判決を無視する中国の「力の論理」への反発や警戒も広がっています。先のオバマ政権は「リバランス」政策を打ち出して、TPPなど東アジア諸国との連携・協力を強めました。かつてアメリカと長く過酷な戦争をしたベトナムとアメリカとの関係は改善・強化され、米海軍艦艇がベトナムに寄港するまでになりました。中国の力による国益追求は、外交的・戦略的な代償を払う結果となったともいえます。
これに対する中国の言い分はこうでしょう。中国は、70年代に尖閣諸島をめぐる問題で打ち出された「擱置争議、共同開発(紛争を棚上げして、共同開発を目指す)」という政策をその後、南シナ海にも適用したわけですが、ベトナムやフィリピンは南沙諸島の島や環礁を占領し、資源開発を始めたため、共同開発の条件は失われ、中国の主権も侵犯された。ここに至って、中国としてもやむを得ず環礁の占拠と人工島建設に動く他なかった、というものです。
実際に中国が主張する通り、ベトナムやフィリピンなどの当事国が係争海域で軍事的プレゼンスを示したり、環礁を占拠したりしてきたことは事実です。その意味では、重要な海上交通の要衝たる南シナ海が紛争地域となったことの責任は、中国のみならず紛争当事国全てにあるといえます。しかし、常設仲裁裁判で退けられた「九段線」のような独自の拡張的主張を行い、現状変更の速さと規模でも他の当事国を圧倒してきた中国の責任は重いと思います。
●中国の「内海」に変貌しつつある南シナ海
中国が埋め立てなどに動いたのは比較的近年のことですが、短期間で、浚渫、その土砂やコンクリートによる環礁の埋め立て、そして、それに続く港湾や滑走路や通信・レーダー施設などの建設を進め、人の住めない環礁(高潮時に水面下に沈む地形も少なくない)を「不沈空母」のような人工島に変貌させました。
それは中国が本格的に埋め立てを開始した2013年12月からわずか2年の間に起きたことです。その面積は3200エーカー(約13平方キロ)に上り、関係国が過去40年間にわたって埋め立てた面積の20倍に当たります(ベトナムは80...