●現時点で、ウイルスの変異と致死率に直接的な関係はあるか?
―― ここまで、具体的な数字を示していただきました。やはり、怖いことはもちろんですが、全世界でどのような状況になっているのか、病気の全体像がどうなのかをきちんと把握した上で、対策する必要があるということですね。
小宮山 そうですね。
―― もう1つ重要なのは、堀江重郎先生(順天堂大学医学部大学院医学研究科教授)が3月の講義で指摘された、ウイルスの変異についてです。当初、中国の武漢で起きていたウイルスは、長谷川眞理子先生(総合研究大学院大学長)の講義でも示された通り、どんどん変異していっています。イタリアなどヨーロッパで猛威を振るったものは、武漢のものとは少し型が変わっているのではないかという議論です。この点については、先生はどのように見ていらっしゃいますか。
小宮山 このコロナが変異しやすいという点については、医者やウイルス学者のいう通りだと思いますし、すでにA、B、Cと変異したものが3つあるという話もあります。しかしそれが、イタリアの致死率13パーセントという数字に影響をもたらしているとは、私は考えていません。
各国間で比較すると分かるのですが、イタリアを囲んでいる国は、フランス、スイス、オーストリア、スロベニア、そしてその北にはドイツです。例えばオーストリアやスロベニアの致死率は、ドイツと同じくらいで2パーセント程度です。ということは、イタリアの13パーセントという致死率は、変異株の致死性が高いからではないということです。もしそうであれば、オーストリアやスロベニアなど、イタリアに接している国も、同等の致死率になるでしょう。実際、これらの国の感染率はほとんど同じなので、おそらく同じ株に感染しているのだと思います。しかし、致死率が全然違います。イタリアで極端に高く、その他の2国ではそれほど高くありません。
先ほど、ベネルクス3国のお話をしました。ベルギー、ルクセンブルク、オランダです。オランダとベルギーの致死率は凄まじいものがあります。しかし、ルクセンブルクは、ずっと低い致死率を維持しています。このことは、コロナの株が変異しているというようなことではなくて、むしろ習慣や国のガバナンス、あるいは医療崩壊なのかどうかなど医療体制といった社会的影響によって生じている違いだと思います。
逆にいうと、こうした見方をすることによって、ウイルス学者がおっしゃる可能性を評価することができます。今の場合でいえば、イタリアで起きている大変な致死率の原因は、株の変異ではないということが、データから見た結論だと思います。
―― こうした点も、各国の状況を比較することで、見えてくるということですね。
小宮山 そういうことだと思います。各国の状況を、リアルタイムで見る必要があります。その点が非常に重要です。
―― やはりこれが、繰り返しおっしゃっている「正体を知って、正しく恐れる」ための1つの手法ということですね。
小宮山 そうです。「正しく恐れる」ことの重要性は誰もが主張しているのですが、「正しく恐れるための全体像」をデータから把握することが、極めて重要です。
●専門家が「前提」を見誤ってしまうケースもある
―― ちょうど今、全体像の話になったのでお聞きしたいのですが、テンミニッツTVの以前の講義にもありましたが(知識の構造化のために〈2〉専門分野の「前提」を疑え)、専門家は自分の領域に問題意識が行ってしまうので、なかなか全体像を描けないのではないかという問題があります。例えば地震や原発事故の例などで、実は素人的な目から問題を捉えた方がよくて、むしろ「前提条件」自体を専門家が見えていないケースがあるのではというお話がありました。新型コロナウイルスのケースではいかがでしょうか。
小宮山 コロナの問題でも、本当にその通りだと思います。サイエンスや技術の高度化が進んでいますが、これは逆に言えば、非常に細分化しているということを意味します。
ですから、専門家会議もいいのですが、よっぽどその下にワークするグループがあり、「前提」と「リアルなデータ」とを掛け算することができないと、成り立ちません。専門家会議などをしても、そこには全体像を押さえている人はいないからです。むしろ全体像をどうやって共有するかを、さまざまな分野の人が大変な議論をして、やっていっていただかなければ見えないということです。
●分野の違う専門家たちで議論することが本当に必要だ
―― (先に紹介した)以前の講義のお話を振り返ると、専門家は意外と「前提」自体に関する議論を疎かにする傾向にあるとのことですね。言い換えると、自分の専門領域で考えた際に、そこからは見えない前提があ...