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「人を選ぶも、人を捨てず」――日本の経営者が意識すべきこと

松下幸之助と人間大事の経営(7)「人間大事」と昭和の経営者

情報・テキスト
『可笑記』(如儡子)
平成不況や家電メーカーの不振を生んだのは、昭和まで続いた日本的経営の考えが軽視され、MBA流儀の成果主義に取って代わられたからだと江口氏は言う。令和の時代を迎えた今こそ、松下幸之助流の「人間大事」経営に、新たな注目が集まりそうだ。(全7話中第7話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:12:51
収録日:2019/08/20
追加日:2020/08/09
≪全文≫

●アメリカ式リストラと日本的経営の違い


江口 1990年代以降、リストラが起こっています。これは、アメリカのハーバードビジネススクールから入ってきたもので、能力主義や成果主義なども同じです。それはそれでいいのですが、アメリカのリストラは「紙1枚、電話1本」の通達です。アメリカは礼も処遇もない風土だからいいとしても、日本の場合は礼をもって処遇する。リストラする場合にも、紙切れ1枚電話1本ではなく、礼を尽くして辞めていただくという考え方をもたないといけません。

 江戸時代に書かれた、『可笑記』(如儡子)という随筆風仮名草子の中に「人を選ぶも、人を捨てず」という言葉があります。人を選ぶときは慎重にするけれども、一旦家来として採り入れた者は、よほどのことがない限り、捨てない。要するに、リストラはしないということです。「礼をもって処遇する」という考え方を日本の経営者が意識していたならば、日本の今日の不況やデフレ状態がまだ続いているということはない、と私は思います。

 自動車会社でも電機メーカーでもそうですが、1990年代以降、リストラクチャリング、能力主義、成果主義などがアメリカから入ってきました。それで、「電話1本、紙1枚でいい」と思う経営者が増え、日本に昭和の経営者がいなくなった。それまでの「礼をもって処遇していた」経営者がいなくなってしまったわけです。

── 昭和の経営者と平成の経営者は全然違う、ということですね。

江口 亡くなった堺屋太一氏が「平成は何もしなかった30年間だった」と言っているのは、本当にそうだと思います。ハーバードビジネススクールを出た人、“ Ph.D”や“MBA ”などの資格を持つ人を取って、アメリカ式の経営をやり、電話1本紙切れ1枚で、どんどんリストラをしていきました。


●リストラが生む不買勢力と家電メーカーの運命


江口 企業が赤字になった場合、一番簡単なのは人件費を削減することです。経営者にとって一番楽なやり方です。どうしてそのようになってきたかというと、その奥に「成果主義」があります。その期に成果を上げなければ、経営者として株主から高い給料をもらえない。だから、急いで利益を上げるために、リストラが解決手段になります。

 それまで、松下幸之助以前の昭和の経営者の人たちには、「人を選ぶも、人を捨てず」という『可笑記』の考え方がありました。ですから、電話1本紙切れ1枚でそういうことをすると、辞めさせられた方は恨みますよね。一つの電機メーカーでも、5万人もが電話1本紙切れ1枚で手軽にリストラされているわけです。

 そういう人たちが気持ちよく解雇されているかといったら、そんなはずはありません。丁寧に解雇されているわけではないから、5万人全員が不買勢力になります。4人家族だとしたら4倍だから、20万人のマーケットを失います。それだけでは終わりません。親戚なども含めると、100万人のマーケットを失うことになります。電機メーカーが売上を伸ばせずに次から次へと消えていくのは、結局、このように自分で自分のマーケットを縮小させてしまっているからで、自分で自分の足を食べているようなものです。

 リストラされた人たちがどうするかというと、自分の出身の電機メーカーの製品は絶対に買いません。量販店に行って、わざわざ他の電気メーカーの製品を買うようになっていきます。それが100万人もいたら、売上が落ちるに決まっているし、利益は上がらず、倒産するのもしれたことです。


●丁寧な対応による「人間大事」を忘れた企業の末路


江口 しかも、そういうふうに辞めさせられた人が、恨みを持って次はどこに行くかというと、海外だと韓国のサムスンに行ったりして、そこで技術を担当すると、自分が今まで培ってきた身に付いた技術や知識を活用して、古巣よりももっと便利な電気製品を作っていくことになります。誰も使っていないような不必要な機能は外した簡単な操作で、美しい画面でよく見えるような、もっといいテレビを作ったりしていくのです。

 だから、そのテレビは売れていく。もともとの電気メーカーのブランドのテレビは売れず、どんどん売上を落としていく。そして、悪戦苦闘して、のたうちまわるということになります。

 松下幸之助は、「丁寧に人に対応する」というよりも、もっと具体的にいえば、「人間大事」というところから発想する経営の仕方、商売の仕方、人の遇し方に徹しました。礼をもって処遇するということは、人間として相手に満足してもらえるような処遇の仕方をしていくのが大事だということです。前回の話に戻ると、「それもまたよし」というだけでとどまっていては、松下幸之助流ではないのではないかと思います。

── 今のお話の中に、江口さんと松下幸之助さんの人生観と哲学が全部入っていますね。

江口 そう...
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