テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

松下幸之助と船場商人はどこに違いがあるのか

松下幸之助と人間大事の経営(5)行即道場と日本流経営

情報・テキスト
松下幸之助は少年時代に大阪の船場に丁稚奉公に出ているが、松下幸之助と船場商人はどこが違うのか。幸之助の面白いところは、「私」が基本的な考え方である船場で学びながら、「公」という考え方を自分の中に持ち込んだことだ。そうして日本流経営の真髄に目覚めた幸之助には、仕事は単なる金儲けではなく、自分を高める場所という「行即道場」の考え方があった。(全7話中第5話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:13:30
収録日:2019/08/20
追加日:2020/07/26
≪全文≫

●船場商人と松下幸之助はどこが違うのか


── 松下幸之助は丁稚に出され、丁稚奉公の間に両親に死なれ、葬式にいけたかどうかもよく分からないような境遇で育ってきて、兄弟も多くが死んでしまっているし、非常に苦労されていますよね。苦労している人は基本的には自分の力に恃(たの)むところが多く、「自分でやってきた」という思いが強いため、人を育てるのが非常に下手な人が多い。ところが、松下幸之助はそれとは正反対なので、とても不思議に思います。

江口 幸之助は大阪の船場で修行しています。船場商人と松下幸之助はどこが違うのかと言ったら、船場の主や船場で丁稚を経験した人たちの考え方の基本は、「私」なのです。幸之助の面白いところは、「自分の店が大きくなって、自分の店の給料が上がればいい」という船場で学びながら、「公」という考え方を自分の中に持ち込んだことで、これはすごいことだと思います。

── 「私」しか考えていないような船場という環境の中で、「パブリック(公)」に気づくわけですね。この落差は、普通の人では考えられないですよね。

江口 ここのところは、幸之助の発想の面白さだと思います。なぜ、船場の「私」から「公」という発想が出てきたか。それは、昭和7年に天理教に行って、「産業人たるものの使命」というところから、「公」に目覚めたのではないか。船場の商売のやり方をベースに、天理教に行って知った「産業人の使命」が結びついて、「公」というところを考えついたのではないかと思います。


●日本的経営の流れを受け継いだ松下幸之助


── 天理教で給金ももらわず、むしろ自分でお布施を持ってきて、汗水たらして一生懸命働く信者の姿を見たときに気づいたのでしょうか。

江口 いわゆる「無私の奉仕」ですよね。公に尽くすときには損得を抜きにして、自分自身を成長させるために一生懸命仕事をしたり働いたりするのだということを悟ったのではないかと思います。その時、松下幸之助は、日本的経営の一つの流れに沿うような経営を展開するようになるわけです。例えば江戸時代初期の鈴木正三の「何の事業も皆仏行なり(仕事というのは信仰なのだ)」などの流れです。

── 仕事と信仰は、修行すれば同じだと言うのですね。

江口 仕事とは、金儲けではなく信仰なのだ、と彼は言っています。石田梅岩になると、仕事というのは「諸行即修行」になるわけです。いろいろな仕事はすべて、自分を高める修行ということになる。

 明治の渋沢栄一になると、「行即修身」になる。仕事というのは、自分の身を修めるものなのだということです。それが、『論語と算盤』に書かれるわけですね。

 そして松下幸之助がどう言っているかというと、「行即道場」と言っています。並べてみると、「行即金儲け」とは誰も言っていない。これが日本的経営の流れになります。

 考えてみると、幸之助が天理教の本山に行って、公ということを知り、「仕事は単なる金儲けではない」「商売は単なる金儲けではない」ということを心得た瞬間に、「行即道場」を悟った。「仕事というものは、自分自身を高めていく道だ」と。それが仕事であり、経営だと知ったわけです。


●「行即道場」は本業にも松下政経塾にも


江口 柔道でも「講道館」という流派があって、ここでは「道を講ずる」のです。開祖の嘉納治五郎が言っているのは、「強くなることが目的ではない」「人間的に高めることが、ここでの目的なのだ」ということです。人間的に高まれば、柔道も強くなるという論法も考えられる。しかし、嘉納治五郎が言っているのは、「柔道に強くなる以上に、人間として立派になれ」ということです。

 それと同じように、幸之助も「行即道場」で、結局仕事というのは道場であると言いました。人間性を高める場所で、給料をもらう場所ではない、と。そうは言いながらも、松下幸之助らしく、「人間というのは、欲と心の道連れの旅だ」ということも大切にします。仕事、職場、会社を「自分を高める場所」と捉えながら、一方で「タダ働きではない、それなりの手当は出しましょう」という考え方です。

 その考え方が、松下政経塾になっているわけです。松下政経塾は、勉強即道場なのです。勉強することが道を講ずる、自分自身を高めることです。しかし、幸之助らしく、「そうは言うけれども、人間というのは物心両面だから、食べていくことや着ることも必要でしょう。そこはそれなりの手当を出しましょう」というのが、手当支給ということになっていきます。


●人間の欲を認め、タダ働きさせない「人間道」


── 松下幸之助の面白さというのは、パブリックマインドについて熱烈に語りながら、一方で人間の欲についても認めているところですね。「黄金(こがね)色に焼いたほうがいい」と言われていました...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。