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松下幸之助と1対1で進めた『人間を考える』編集秘話

松下幸之助と人間大事の経営(1)『人間を考える』制作の舞台裏

情報・テキスト
『人間を考える―新しい人間観の提唱―』
(松下幸之助著、PHP研究所)
経営者として一時代を築いた松下幸之助の言葉は、現在もさまざまな場面で引用される。なかでも一番の集大成として彼自身自負したのが『人間を考える―新しい人間観の提唱―』という著書だ。側近としてその編集に携わった江口克彦氏の話を聞いていく。(全7話中第1話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:11:33
収録日:2019/08/20
追加日:2020/06/28
≪全文≫

●1対1で『人間を考える―新しい人間観の提唱―』の編集に取り組む


―― 江口さんの23年間が、一番いい時代の松下幸之助と一緒に仕事をされていたことがよく分かりました。

江口 いわゆる「松下幸之助」が出来上がったときに、そばで一緒に仕事をできるようになったのは幸せです。

―― 一番完成度の高い松下幸之助ですね。

江口 昭和46(1971)年に、『人間を考える―新しい人間観の提唱―』(以下、『人間を考える』)を二人で編集しようと言われました。これは、松下幸之助の基本的な考え方についての本ですから、1対1で取り組ませてもらったことで、彼の哲学を根本から教え込まれたような感じがします。

―― 松下幸之助の人生が一番落ち着いている時代ですね。ある程度、いろいろなものが分かってきている時だと。

江口 社長から会長になった時に、「もう会社には出ない」と言い、自分が一番やりたかったこととして「PHPの活動に専念したい」と宣言しました。その宣言の時に、私はそばに行きました。松下幸之助には、自分の考え方をまとめ上げようという意図がありました。

 『人間を考える』をまとめ上げた時、極端な言葉ですが、松下幸之助は「これをまとめおわったから、死んでもいいや」と言ったくらいですから、彼にとってはピークだったんですね。そんな彼と一緒に仕事をし、学ばせてもらったのは、私自身にとってはラッキーでした。

―― (江口さんは)当時は何歳でしたか。

江口 その時は、32~33歳でした。

―― 松下幸之助は70代でしたか。

江口 そうですね。76~77歳くらいだったと思います。


●同じ方向を見つめ、松下幸之助の思想大成に伴走する


―― 江口さんと松下幸之助の関係は、「息の長さが合う」と聞いたことがあります。桁外れに相性が良かったということでしょうか。

江口 考えるレベルやスピードは違いますけれども、東に向かって歩くというような方向性が一緒だったということですね。分かりやすく相撲の世界で例えれば、松下幸之助は大横綱、名横綱でした。私は、褌担ぎか序ノ口であったとしても、同じ相撲取りでした。だから、話をしていても、相撲という土台が共通しているために、適当に話が合って分かるし、分からなかったら教えてもらえたということです。

 こちらがプロレスラーやボクサーの新人だったら、相手は相撲の話をするのにこちらはレスリングやボクシングの話をするので、話が合いっこありません。そういう意味で、考え方が同じ方向に向いていたのはラッキーでした。

―― 結果的に松下幸之助の70代から晩年までの人生は、江口さんが最も時間を共有されました。

江口 そうですね。松下幸之助という人は最後まで、「人間的に成功したとか、仕上がったということはないわ」と強く否定していました。ただ、長い間考え続けてきた思想の総まとめをした時期が、だいたい70代後半から80代前半です。『人間を考える』をまとめた時点から松下政経塾をつくった10年間、75歳から85歳にかけてが松下幸之助の思想すなわち哲学的な考えが仕上がった時期だったといえるでしょう。

―― 1対1の私塾にいるような感じですね。松下幸之助の塾に門人が一人いて、江口さんと松下幸之助の対話で全部出来上がっていくということですね。

江口 それ以前はPHP研究所に研究本部がありました。途中で中断した時期もありますが、数人が所属する研究会で「人間観」の勉強やディスカッションを行うということが20年ぐらい続いていたのです。そこでまとめられた原稿を仕上げたいということで、「人間観の勉強会をやろう」と松下幸之助が言い出しました。私はてっきり皆が集まるものと気を許し、「誰を呼びましょうか。研究部を呼びますか」と聞いたところ、「君と二人だけでやろう」と。

 「えっ」と思いました。松下幸之助の思想については、一応それまでの著書などを読んで知る程度で、表面をなでたにすぎなかったのです。それまで1対1でそんな話をしたこともないし、突っ込まれたらどうしようと思ったりもして、大いに戸惑いました。


●「はい」「へー」「そうですか」「なるほど」の日々


―― 松下幸之助は、江口さんだったら話が分かると思ったわけですよね。

江口 ベクトルが同じだと感じたのではないでしょうか。今、当時の本を読み直していますが、面接の時から、そう感じたのではないかと思います。松下電器からPHPに異動する時に、面接があったのです。「異動なのに面接があるのは、どういうことだ」と思いましたが、そこでいろいろ話をしているうちに、なんとなく自分と方向が合うのではないかと思ったのかもしれません。この頃、本を読みながらそう振り返っているところでした。

 ですから、「1対1でやろう」と言われたのは、「こいつと話をしていれば方向が同じだから...
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