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「腹中有書」で気づいたことは生涯忘れない

松下幸之助と人間大事の経営(3)「腹中有書」で実践する

情報・テキスト
「気づきの教育」を得意とした松下幸之助により、悩みながら成長していった江口氏。自分で気づいたことは忘れないという「腹中有書」を積み重ねる中、彼は30代半ばでPHPの経営当事者に抜擢される。できるのは「幸之助の真似」だけだった。(全7話中第3話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:08:35
収録日:2019/08/20
追加日:2020/07/12
キーワード:
≪全文≫

●初めて叱られたのは、風の音が聞こえる茶室


江口 私が最初に松下幸之助に叱られた経験は(結果的に、そうだったのだろうと思っているのですが)、そばで仕事をするようになって1年たつかたたない頃のことです。

 真々庵(幸之助の別邸)に設けられた二つの茶室のうちの青松茶室に、二人で入っていました。2月だったと思います。木枯らしがヒューヒュー吹いて、枯れきった杉木立が鳴っていました。

 幸之助はポツリと、「君、風の音を聞いても悟る人がおるわなあ」と言いました。そして、私が何を言われているのか分からないでいるうちに、「茶室を出ようか」となった。それだけなのです。

 そうなると、あの時に言われたのは何だったかが気になってたまりません。たしかに私に向かって「風の音を聞いても悟る人もおるわなあ」と言った。それは一体、どういう意味だったのだろう。2、3日そのことで頭をいっぱいにしていると、ふと「松下さんはあの時、私を叱ったんだ」と思い当たりました。「早く勉強して自分の考え方を固め、いろいろと自分に提言や提案をしたほうがいい」と言っているのではないかと思ったのです。そういうふうに、幸之助という人は、人に「気付かせる」育て方をしました。

 私は、特にいろいろな叱られ方をしました。ハーマン・カーン氏(米国の物理学者、元・ハドソン研究所所長)の話は、有名だと思います。(米国からハーマン・カーン氏が来日して幸之助と会うことになった時、)「ハーマン・カーンはどういう人なのか」と、3日も連続で聞かれたのです。それは一体なぜなのか。3日も同じ質問をして、それでもなお聞くということは、「自分はもっと知りたいと言っているんだ」と気付かせようとしたからです。育てるための根気、気づくまで待つ根気のある人だったということはいえると思います。


●自分から気づく「腹中有書」は生涯忘れない


江口 人を育てるには、セミナーを受けさせて、ああしなさい、こうしなさいと導くことも大事だと思いますが、一番肝心なのは本人が気づくことです。本人が「ああ、そうだ。なるほど」と思った瞬間に血肉になるからです。セミナーも上司も同じですが、上から押し付けられるように「仕事はこうすべき」と言われると、「なるほど、そういうふうにすべきなのか」「ここに注意すればいいのか」と理解はできるが、頭の中に留まっています。しかし、自分から「気づく」ことができると、おなかの中に入るわけです。

 安岡正篤の『六中観』の中に、「腹中有書(ふくちゅうしょあり)」という言葉があります。本を読んで、それをおなかに入れるという。「腹中有書」だから、本を読んでも自分の血肉にしなければ意味がない。自分から気づくということは、「腹中有書」です。「ああしなさい、こうしなさい」と言われて、「なるほど」と思ったとしても「頭中有書」で、頭の中に書がある段階に留まってしまうわけです。

 「〇〇くん、これをやるべきですよ」「〇〇さん、こういうふうにしなきゃいけないですよ」といわれると、「もっともだ」と思っても、それは頭の中の理解に留まる。「これからは、こういうふうに心がけよう」と思うわけですが、本人が「あ、そうだったのか、これはこういうふうなことで、こういうふうなやり方をしないといけないのか」と自分から気づいたときは「腹中有書」で、聞いたことがおなかの中に入って血肉になります。血肉になったものは、生涯離れません。

 頭の中に入れただけでは、長い人でも5年くらいしたら忘れてしまいます。10年前に言われたことを今、覚えているかということになると、例えば私が10年前に会社で言ったことを今の社員の人たちはたぶん覚えていないでしょう。それは私が「ああだ、こうだ」と指示をした経験に留まっている。私自身に根気がなかったこともあるし、「気づきの教育」が薄かったということもあると思います。

 そのように松下幸之助から「気づきの教育」を受けましたから、幸之助の考え方については、自分自身も気づいてみて、彼の言った通りに実践していると思います。PHP研究所の経営についても、江口がやっていたと思っている人が非常に多いけれど、あれは幸之助が言っていたことを行っていただけであって、松下幸之助の真似事というか、自分の血肉になったことをやっていただけです。
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