二つのイスラム~現代イスラムをめぐる紛争の根源を理解するために~
この講義の続きはもちろん、
5,000本以上の動画を好きなだけ見られる。
スキマ時間に“一流の教養”が身につく
まずは72時間¥0で体験
現実のイスラムと理想のイスラムのあいだにあるズレとは何か
二つのイスラム~現代イスラムをめぐる紛争の根源を理解するために~
山内昌之(東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授)
興味深い書物が出版された。『世界神学をめざして――信仰と宗教学の対話』(ウィルフレッド・キャントウェル・スミス著、中村廣治郎翻訳)である。この書物が説くように、歴史も宗教も多様なものである。宗教は人間が日常を生きながら模索し続けてきた理想のかたちだが、それは決して固定のものではなく、歴史、時代とともに変容しているのだ。イスラム世界もまた同様で、スミス氏、中村氏という二人の偉大な学者は早くから理想と現実による「二つのイスラム」という見方を示してきた。現在の政治的、宗教的問題も、つねに多様性の中で変化しながら今に結びついていることを、この良書からぜひ学びたい。
時間:13分11秒
収録日:2020年7月17日
追加日:2020年8月16日
≪全文≫

●領土問題と宗教の関係


 皆さん、こんにちは。日本ではあまり知られていないことですが、新聞等々を通して、あるいは衛星放送などを通して、皆さんの中には2020年7月12日以来、南コーカサス(中東とロシアを結ぶ地域、カスピ海と黒海にはさまれた地域)において、アゼルバイジャンとアルメニアが軍事衝突を繰り返しているということに、お気づきの方もいらっしゃるかと思います。

 日本の新聞報道や通信報道、テレビの中には、「両国、アゼルバイジャンとアルメニアは宿敵同士である」ということで、紛争原因を究明しようとする人もおります。このことが意味するのは、トルコ系のイスラム教シーア派国家とアルメニア教会のアルメニア共和国が対立しているということを、言いたいのだと思います。

 もちろん、衝突の原因は領土問題をはじめとした政治的なもの、歴史的に由来する政治的な要素でありまして、単純に宗教、信仰の違いに関連できるものではありません。とはいえ、人間や人間の共同体の現実には、多少なりとも宗教の影響を受けた生活が浸透しているのも事実であります。


●キャントウェル・スミスが説く「歴史の多様性」


 この点で、私は最近読んだばかりの本を皆さんに紹介してみたいと思います。それはこのような書物でありまして、2020年7月に出されたばかりのウィルフレッド・キャントウェル・スミスの『世界神学をめざして――信仰と宗教学の対話』(明石書店)という大変魅力的なタイトルをつけた本です。キャントウェル・スミスはもともとハーバード大学の教授で、
ちょうど2000年に亡くなった方です。そのスミス教授の教えを受けた中村廣治郎氏、元東京大学教授、東京大学名誉教授にして宗教学、イスラム学の権威でありますが、その中村氏が翻訳したもので、なかなかこの顔ぶれといい、本のタイトルといい、大変魅力的な組み合わせになっているわけです。

 キャンベル・スミスは、歴史家、つまり私のような歴史家が抽象化に熱情を抱くあまり、人間の宗教生活を低く見ることに警告を発しています。まことにその通りなのですが、歴史学というのは具体性の学問ですので、歴史家が抽象化に熱心になるとキャンベル・スミスが言っているのは、あまり心配する必要はないかと思います。

 ただ、スミスが言いたいのは、歴史というのは特殊な事情であるとともに多様性の場である。従って、人間それぞれ...

スキマ時間でも、ながら学びでも
第一人者による講義を1話10分でお届け
さっそく始めてみる
「歴史と社会」でまず見るべき講義シリーズ
天下人・織田信長の実像に迫る(1)戦国時代の日本のすがた
近年の研究で変わってきた織田信長の実像
柴裕之
徳川将軍と江戸幕府~徳川家斉(1)家斉が長期政権を維持できた理由
11代将軍・徳川家斉が50年もの長期政権を築けた理由
山内昌之
近現代史に学ぶ、日本の成功・失敗の本質(1)「無任所大臣」が生まれた経緯
現代の「担当大臣」の是非は戦前の「無任所大臣」でわかる
片山杜秀
ローマ史と江戸史で読み解く国家の盛衰(1)父祖の遺風
なぜ「父祖の遺風」がローマと江戸に共通する価値観なのか
本村凌二
「武士の誕生」の真実(1)10世紀の東アジア情勢と「王朝国家」
「王朝国家」と「武士」が誕生した理由は大唐帝国の解体
関幸彦
最初の日本列島人~3万年前の航海(1)日本への移住 3つのルート
最初の日本列島人はいつ、どうやって日本に渡ってきたのか
海部陽介

人気の講義ランキングTOP10
内側から見たアメリカと日本(1)ラストベルトをつくったのは誰か
日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?
島田晴雄
何回説明しても伝わらない問題と認知科学(3)認知バイアスとの正しい向き合い方
知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」
今井むつみ
エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(3)医療の大転換と日本の可能性
近代医学はもはや賞味期限…日本が担うべき新しい医療へ
鎌田東二
AIとデジタル時代の経営論(6)暗黙知と判断力
AIは「暗黙知・常識に基づく高度な判断」が不得意
一條和生
「宇宙の創生」の仕組みと宇宙物理学の歴史(1)宇宙の階層構造
「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ
岡朋治
歴史の探り方、活かし方(1)歴史小説と史料探索の基本
日本は素晴らしい歴史史料の宝庫…よい史料の見つけ方とは
中村彰彦
徳と仏教の人生論(1)経営者の条件と50年間悩み続けた命題
宇宙の理法――松下幸之助からの命題が50年後に解けた理由
田口佳史
経験学習を促すリーダーシップ(1)経験学習の基本
成長を促す「3つの経験」とは?経験学習の基本を学ぶ
松尾睦
編集部ラジオ2025(27)なぜ何回説明しても伝わらない?
なぜ伝わらない?理解の壁の正体を今井むつみ先生に学ぶ
テンミニッツ・アカデミー編集部
本当によくわかる「量子コンピュータ入門」(1)量子コンピュータとは何か
「量子コンピュータ」はどういうもので、何に使えるのか
武田俊太郎