●「法案の墓場」として品質管理を行うアメリカ議会
―― ここまでお聞きしてきた話では、アメリカの政治は「チェック、チェック、チェック」で進み、権限も分かれている。教科書的にはそのようになるのですが、実際はどうなっているのかということを、今回からお聞きしてまいります。
まず、先生がご用意くださったのは、提出法案の成立率の表ですね。
曽根 アメリカでは、法案が非常にたくさん出てきます。前回議員提出法案と言いましたが、議員が立法補佐を使って非常にたくさんの法案を提出します。ところが、これを見ていただくと分かるように、成立率はきわめて低いのです。
―― 前回のお話では、5000本出て100本ぐらいとおっしゃっていましたね。
曽根 ええ。成立率がとても小さい。だから、アメリカのキャピトル・ヒルは、法律が誕生する場所ではなく、法案の墓場であると言われます。
―― 墓場だと。
曽根 あそこはもう死屍累々の重なる墓場だというふうに見たほうがいいくらいです。
ということは、議会は品質管理をしているともいえるわけです。つまり、ダメな法案はつぶしていく。だけど、法案は大量に出てくる。だから、法案が非常に多いのです。日本やイギリスで提出される法案は、基本的に内閣提出法案ですから、例えば120本出て100本通す。そのような国とはちょっと性格が違うのが、アメリカの特徴です。
●アメリカでは実質法案の半分は役所起源ではないか
―― なるほど。そのことを踏まえたうえで、先生にご用意いただいた「通過した法案(実質法案)」という表に進みますが、これはどう見ればよろしい表ですか。
曽根 日本ではよく重要法案と呼ばれるものがあり、日本の重要法案は分かりやすいのですが、アメリカでは重要法案は、なかなか見つけにくくなっています。
だけど、実質的に重要な法案、例えば法律改正や予算措置などの伴う法案は、通過したものの中では、実はそんなに多くないのです。これを見れば分かるように、儀礼的な、例えば何かの名前を変えるなどという法案と、実質法案を合計すると100本ぐらい。そうすると、日本やイギリスなどと、それほど変わらないではないかということになるわけです。
ここで重要なのは、実質法案の半分ぐらいが実は役所起源ではないかといわれているところです。
―― 先ほど、議員の立法だという話がありましたけれども、実はそうではない部分があるということですね。
曽根 日本だと、法案は役所がつくっていて、官僚が法案を書きます。一般的にはアメリカにはそういうことはまったくないというふうに見られているけれども、実は起源をたどると、役所に起源がある。ただし、提出されたものは議員個人名で出ていますから、どれが役所起源なのか、その違いは、正確には分からないわけです。
けれども、アメリカ政治を長く観察した経験を持っている人たちは、実質法案で通過したものの中の半分ぐらいは役所起源ではないかということが多いのです。
―― 半分?
曽根 半分ぐらいといわれています。
―― それは、役所が「この法案だったら、この議員に」ということで働きかけるという意味ですか。
曽根 そこの働きかけとやり取りは、日本から見ればとても重要なところなのだけれども、そこを詳細にフォローしているケースは非常に少ないのです。つまり、フォローしきれない部分ともいえます。
ただ日本だと、役所がどうやって議員や部会に働きかけているのかというところは、新聞記者が結構追っていますね。
―― そうですね。よく議員会館にご説明に上がったりするという話を聞きます。
曽根 はい。実はアメリカ議会に関するその部分の情報をもっと知りたいというのが、われわれの立場です。
●修正と否決を繰り返してようやく通った「オバマケア」法案
曽根 一方、大統領起源のものも当然あります。例えば、スライドの項目の中に「オバマケア法案」を挙げました。「オバマケア」は、オバマ氏が選挙で勝ちさえすれば、黙っていても自動的に立法されるのですか、という話です。そうではありません。だから、猛烈に働きかけるわけですよね。
―― これこそ目玉というか、オバマ氏がやりたかったことですからね。
曽根 そうです。オバマ氏が民主党議員に猛烈に働きかけ、民主党議員と役所と大統領で綿密な協議をして、何度も提出した。それが修正されたり否決されたりして、また繰り返しやって、やっと通った法案です。だから、簡単に「オバマケア」といいますけども、オバマ大統領の名前で法案が出ているはずはないですよね。
―― そうですね。先ほどのご説明だとあり得ない話ですね。
曽根 だけど、実は大統領がやりたいことは、先ほど言った...