よく「実力を発揮する」というが、それはどういうことなのか。競技本番に臨む選手の心にはさまざまの思いが去来する。「自分より強い相手に勝てるのか」「勝てる試合なのに、失敗したらどうしよう」というのは、どんなに一流選手であっても「実力を発揮する」ために乗り越えなければならない壁だろう。そのときの考え方はいたってシンプルで、「コントロールできないものを意識することをやめて、コントロールできるものに意識を向ける」ことだという。(全8話中第2話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
本番に向けた「心と身体の整え方」
オリンピアンが大事にする「乱れがちな心を取り戻す」方法
本番に向けた「心と身体の整え方」(2)実力を発揮するために
哲学と生き方
為末大(Deportare Partners代表/一般社団法人アスリートソサエティ代表理事/元陸上選手)
時間:10分45秒
収録日:2020年9月16日
追加日:2021年1月26日
収録日:2020年9月16日
追加日:2021年1月26日
≪全文≫
●「試合筋」のメリット、デメリット
―― 「集中するためにどうやって心を整えるか」というお話の中で、本番の期待値を上げ過ぎない、ある意味そこはギブアップするというお話がございました。そもそも、実力を発揮するというのはどういうことなのでしょうか。よく「火事場の馬鹿力」などと言って、スポーツ漫画の影響かもしれませんが、「本番になったら火事場の馬鹿力で」とか、信じられないような力が出て、急に勝ち抜くという物語があったりします。本番に臨むとき、本来はどういう心の整え方をしておくべきなのでしょうか。
為末 その点については、スポーツ界ではそれなりに整理されています。比較的単純な動作の競技であれば、「火事場の馬鹿力」があるといわれている一方で、身体を複雑に扱うものは「火事場の馬鹿力」が出てしまったら、せっかく「このくらいの力加減でこうやってやる」と決めて整えたバランスが崩れます。
例えば、フィギュアスケートで、「このくらいの力で3回転」だったのが、いつもより力が出て、3回転半になってしまったけれど、しかも本人は分からない……。そうやって狂ってきてしまう原因になる力、試合のときにだけ出る力を、体操選手は「試合筋」といっていますね。ですから、「試合筋」は陸上競技であればいいとされている一方、体操では演技が狂うので悪いとされています。つまり、本番のときに力が出過ぎることがプラスに働く競技と、そうではない競技があって、「馬鹿力」に対しての捉え方が違うということですね。
ただ、それを抜きにしても、普段からトレーニングをずっと積んできた選手が、本番のときだけとんでもない力が出るケースがあっても、1、2パーセント増し程度で、持てないはずのタンスが持てるみたいなことは起きません。いつもより力が出ればラッキーくらいに私たちは思っていて、どちらかというと、ほとんどの場合、”崩れてしまう”誘惑が多いので、それをどう排除するかのほうがよほど大事ですね。
つまり、自分の集中力が乱れて、いつもの力の8割か9割しか出なかったとなるほうが圧倒的に多いので、そうならないような状態にすることで、たまにポンとはまって「火事場の馬鹿力」が出るという感じです。
●自分より実力のある相手と出会ったら……
―― なるほど。そうすると、特に一流同士の戦いになればなるほど、「この人はこのくらいの実力で、今の自分...
●「試合筋」のメリット、デメリット
―― 「集中するためにどうやって心を整えるか」というお話の中で、本番の期待値を上げ過ぎない、ある意味そこはギブアップするというお話がございました。そもそも、実力を発揮するというのはどういうことなのでしょうか。よく「火事場の馬鹿力」などと言って、スポーツ漫画の影響かもしれませんが、「本番になったら火事場の馬鹿力で」とか、信じられないような力が出て、急に勝ち抜くという物語があったりします。本番に臨むとき、本来はどういう心の整え方をしておくべきなのでしょうか。
為末 その点については、スポーツ界ではそれなりに整理されています。比較的単純な動作の競技であれば、「火事場の馬鹿力」があるといわれている一方で、身体を複雑に扱うものは「火事場の馬鹿力」が出てしまったら、せっかく「このくらいの力加減でこうやってやる」と決めて整えたバランスが崩れます。
例えば、フィギュアスケートで、「このくらいの力で3回転」だったのが、いつもより力が出て、3回転半になってしまったけれど、しかも本人は分からない……。そうやって狂ってきてしまう原因になる力、試合のときにだけ出る力を、体操選手は「試合筋」といっていますね。ですから、「試合筋」は陸上競技であればいいとされている一方、体操では演技が狂うので悪いとされています。つまり、本番のときに力が出過ぎることがプラスに働く競技と、そうではない競技があって、「馬鹿力」に対しての捉え方が違うということですね。
ただ、それを抜きにしても、普段からトレーニングをずっと積んできた選手が、本番のときだけとんでもない力が出るケースがあっても、1、2パーセント増し程度で、持てないはずのタンスが持てるみたいなことは起きません。いつもより力が出ればラッキーくらいに私たちは思っていて、どちらかというと、ほとんどの場合、”崩れてしまう”誘惑が多いので、それをどう排除するかのほうがよほど大事ですね。
つまり、自分の集中力が乱れて、いつもの力の8割か9割しか出なかったとなるほうが圧倒的に多いので、そうならないような状態にすることで、たまにポンとはまって「火事場の馬鹿力」が出るという感じです。
●自分より実力のある相手と出会ったら……
―― なるほど。そうすると、特に一流同士の戦いになればなるほど、「この人はこのくらいの実力で、今の自分...