●遺伝子はタンパク質に正しいかたちを与えるための設計図
さて今回は、遺伝子と環境の相互関係について、より具体的にくわしくお話ししてまいります。
図の6時の位置に「遺伝子」という言葉があります。この遺伝子について、まずご説明させてください。遺伝子は何をしているのでしょうか。これに正確に答えられる方は、そう多くはいないと思います。遺伝子はアミノ酸を組み合わせてタンパク質をつくる、その設計図であり、その仕事だけをしているのです。
「人間には2万個ほどの遺伝子がある」といわれていますが、ほとんどすべての遺伝子が、何らかのタンパク質をつくるという役割を果たしています。タンパク質は、脂肪や糖分や、その原料となるアミノ酸と違って、スライドで8時の位置に示したように「かたち」を持っているという特徴があります。
昨今はいろいろなテレビ番組等で、タンパク質の3D(3次元構造)などをアニメーションで見ることがあります。酵素のはたらきでは「鍵と鍵穴」とか、ウイルスに対する抵抗力としてできる「抗体」がどうやってウイルスを攻撃するかといったイラストも最近では見かけるようになっていると思います。
これらの説明すべて、タンパク質が「かたち」を持っているということを説明しているのです。裏を返すと、遺伝子というのは、タンパク質に正しいかたちを与えるための設計図である、ということになります。
●タンパク質は異なる「はたらき」を持っている
ではなぜタンパク質には正しいかたちが必要なのか。それは、図の10時の位置に書いてある通りです。すなわち、それぞれのタンパク質は異なる「はたらき」を持っているから、ということになります。
酵素というタンパク質は、体の中でいろいろなものを合成したり、分解したりするはたらきを持っています。そのためには、正しいかたちをしている必要があります。また、心臓の筋肉は、動くためのかたちを持っていなければなりません。あるいは神経の細胞は、電気を発生させるために必要な「イオンチャンネル」という大事なかたちを持っているのです。その結果として、分解や合成をするはたらき、縮んだり伸びたりするはたらき、電気を発するというはたらきなどを得ているわけです。
それらの細胞や臓器のはたらき、ひいては体のはたらきは、すべからく図の12時の位置にある「環境」に順応して、人間が健康に生きていくためのはたらきだと思います。すなわち、2万個ある遺伝子はすべからくタンパク質をつくり、その結果としてわれわれは環境に順応して生きていき、幸せを手に入れることができるということになっているわけです。
●「成長」と「発達」を科学する小児科学
遺伝子ということばを使うと、得てして「取り返しのつかないもの」「努力をしても無駄なこと」、人によっては「生まれつきのことについて、人を差別すること」というように、かなり深い誤解があるのではないでしょうか。私は、小児科医をやっていても、そう実感しています。
私は今日こうやってお話しさせていただく中で、「遺伝子」あるいは「遺伝」ということばについたサビのような誤解を、ぜひ解いていきたいと思っています。
一方で、「環境」もわれわれの人生に大きな影響を及ぼしています。そのことについて、ここで簡単にお話させていただきます。
今、スライドにありますように、6時の位置にある遺伝子から始まり、「かたち」を得て、正しいかたちに「はたらき」が宿り、そのことによってわれわれは環境に順応して生きていくという話をさせていただきました。
これすなわち、「かたち」ができる過程が「成長」、そしてそこに「はたらき」が宿る過程が「発達」ということになります。現代の小児科学の主な使命は、この「成長」と「発達」を科学することです。
一般に「子どもたちが育つ」、あるいは「子育てをする」という漠然とした言葉がありますが、学問的に申し上げると、これは子どもたちの「成長」、すなわち背が伸びる、頭が大きくなるというかたちがつくられる過程と、「発達」、すなわちそのようにしてできたかたちに正しい機能が宿る過程、この二つを合わせて「子どもが育つ」と表現しているわけです。
一度子どもの育ちについて、「成長」ということと「発達」ということを分けて考えていただくのも面白いかなと思います。
●適度のストレスは遺伝子の持っているシナリオを強めていく
それでは次に、環境の力がどのようにわれわれの体あるいは人生に影響を及ぼしているのかについて、お話をさせてください。
すべての環境には、図の真ん中に出ていると思いますが、「適度なストレス」というものが含まれ...