●子どもが納得していない状況はいい教育環境とは呼べない
それでは続いて、コロナ禍に限らず大きな災害や社会問題が起きたときに、“Toxic Stress”がどういう影響を子どもたちやわれわれ大人に及ぼしているか。そういうことについて議論を進めたいと思います。
コロナ禍を考えていただくとお分かりかと思うのですが、われわれが感じていた言いようのないストレスを、このように表現させていただきました。すなわち、子どもたちの言葉を借りて申し上げれば、「政府や有識者といった大人が勝手に決めたことを押しつけられた、その苦しさ」「われわれは納得していない、という思い」ではないかと思います。
われわれ大人も思い起こしてみるに、憤りの少なくとも一部は、こういう感情であったのではないでしょうか。「議論に参加していない」「いつの間に決まったの?」「ぼくらは、それを納得してやっているわけではないよ」。これは子どもたちにとっても同じことではないかと思います。
子どもたちにとって、「押し付けられているんだ」「納得してないよ」と言われる場面は、他にもたくさんあります。例えば「教育虐待」という言葉が、残念ながら新聞でも見受けられる時代になりました。
親としては良かれと思って「勉強しなさい」「結果を出しなさい」と言う。ただそれがあまりに行き過ぎる。長い期間続くと、それは子どもにとって“Toxic Stress”、すなわち強い向かい風になってしまうわけです。
「お父さんやお母さんが勝手に決めたことでしょう」「押し付けないでよ」「ぼく(わたし)は納得していないよ」という状況で、長い期間勉強し続ける。これは本当にいい教育環境と呼べるでしょうか。そういう意味では、社会を巻き込む大きな災害が起こったときに、子どもの立場に立って考えてみることは、われわれ大人にとってもたいへん意義深いことだと思うわけです。
●子どもが「自分で決めた」と感じるために重要な「傾聴」
では、子どもたち自身に「自分で決めたのだな」と感じさせるために、われわれはどんな社会をつくっていけばいいのか。もっと卑近な例でいえば、われわれは両親としてどんな家庭環境をつくっていけばいいのか。
「勉強しなさい」と言ったときに、子ども自身に「自分の決めたことだから、頑張るよ」と感じてもらうためには何をしたらいいのかということについて、小児科医としての経験を踏まえてお話ししたいと思います。
さて、われわれ大人もそうですが、皆さんが「自分で決めたのだ」と最終的に感じるために、一番やってほしいことは何でしょう。
私は「傾聴」だと思います。これは小さな歯車ですが、「傾聴する」という歯車をしっかり回す。すなわち何かを子どもに提案するときは、まずは子ども自身の言い分にしっかり耳を傾けることです。
首相もいろいろ大事な施策を実行に移すとき、賛否両論の対策を練るとき、「国民の声に耳を傾ける」とおっしゃいます。そのときに一番大事なのは、国民が「たしかにわれわれの声を聴いた上で、こういったことを決めたのだから、われわれみんなで守ろう」と思うこと、結果はさておき一緒に頑張ってみようと思わせることが必要だと思います。
本当の意味で「耳を傾けよう」ということで、「傾聴」の「聴」の字には「耳」も入っていますが「目」も入っているし、「心」も入っています。私はネット上の記事で(そのことを)読んで「なるほど」と思いました。ただ漫然と耳を傾けるだけでなく「目を配ろう」ということもあります。表情を含めた様子に目を配りましょう。そして何より心を寄り添わせてみませんか。そうやって話を聴いてあげるのが「傾聴」だということです。
●子どもを説得したいなら、まず子どもの言い分に耳を傾けろ
その次に、われわれ大人が何をしなければいけないか。実は「説得」になります。子ども自身の言うことを全てしっかり聞けたとしても、子どもが正しい判断をしているとは全く限らないし、子どもが解決策を持っているとは全く限らないわけです。
われわれ大人はやはり人生の先輩として、子どもの言い分をふまえて、「こうあるべきだ」という正しい結論を子どもに自信をもって伝えるべきだと思います。その時に必要な力が「説得力」という歯車だと思います。
このときに大事なことは、「子どもに分かりやすい、丁寧な、やさしい言葉」で説明することだと思います。分かりやすい説明は、大人の世界でも強調されることですが、まして相手は子どもです。子どもに分かりやすく、やさしく話ができますか、ということです。
今、赤い矢印が小さく出てきましたが、二つの歯車のうちで原動力となる歯車はどちらかという...