●GMのフリーモント工場を再生させたトヨタ
(ボストンコンサルティングが新しい経営理論を構築する)一方、非常に成績のいいトヨタに対しても、アメリカ人は非常に興味がありました。トヨタの生産方式と品質管理が秘訣なのだというふうに、アメリカでは言われ、あちらこちらの工場で、「カイゼン」という取り組みを行いました。アメリカ企業はもともと「ものつくり」にあまり着目していなかったのですが、この辺で少し革命が起きたわけです。
カリフォルニアにGMのフリーモント工場というところがあり、労働組合が強くてポンコツになりました。私もこのフリーモントを、ほかのたくさんのアメリカ企業とともにずいぶん見学しましたが、在庫をずっと積み上げていて、効率が悪すぎたのです。それを高く売りつけ、儲かったら株式に転換する。それがアメリカの資本主義です。フリーモント工場も、相当ダメな工場だったのです。
このポンコツ工場が、トヨタがアメリカに進出するときの「人質」のように用いられます。トヨタはしょうがないから使うわけですが、そのときにNUMMI(New United Motor Manufacturing Incorporated)を設立します。
ボストンコンサルティンググループの三枝氏もここへ勉強に訪れたようですが、実はここにShimada Researchというグループも入りました。トヨタが再生させた工場というので、アメリカはもちろん世界中の学者が門前市をなして見学に来るのです。あまりたくさん来るので、トヨタでは1人3時間を限度に見せており、論文もいろいろ出ていました。
私はトヨタと非常に親しく、このときは豊田達郎氏が社長でしたが、「島田先生は別格だから、1週間ぐらいずっと来ていいよ」といってもらいました。私は近くのモーテルに泊って、朝から夕方までずっと通い詰め、おそらく何百時間かトヨタを調査しました。
●トヨタの戦略を応用していったアメリカ
私が何を行ったかというと、トヨタの労働者のインタビューです。1人1時間ぐらいかけて「コンテンツ・アナリシス(内容分析)」してみようと目論んだのです。行くと、労働者にこう言います。「I don’t speak English well. May I take tape? Is it OK?」。そう言うと「Sure」と言って話してくれますが、1時間ぐらい続けて質問していくと、「どちらがアメリカ人か分からない」となる。
そうして200人ぐらいのテープを録って、コンテンツ・アナリシスを掛けて分析したわけです。その結果がMITの『Machine That Changed the World』というものになり、結構ベストセラーになりました。それは大部分、私の貢献であるわけです。
「日本は文化が特殊なので、アメリカに勝つことができる」という通説がありますが、この理論では、全く文化などではない。これは合理的で工学的な戦略である。そこにはソフトウェアとハードウェアとヒューマンウェアがあり、ヒューマンウェアは、全て計算された戦略である、という本です。一部の専門家は非常に高く評価してくれました。このように日本が注目されます。
アメリカはトヨタのカイゼン方式を自動車だけではなく、電気、パソコン、フィルム、航空機、医療機器、オモチャなど、いろいろなところに使っていきます。そして、とうとう物流や郵便、建設のような分野も、あるいは病院までもがトヨタ方式になっていくのです。
これは三枝氏の説ですが、日本では誰も考えないことをアメリカ人は試し始めました。つまり日本人の単なる真似ではなく、異なる応用への独自の論理化を始めたわけです。抽象化や敷衍化を始めたわけです。そうやって日本的経営の原理に何があるかを探ります。アメリカが行っているのは本質の追求です。知らないのは日本人だけだと三枝氏は言っています。
●「カンバン方式」の本質は「時間」の概念
当時、ボストンコンサルティンググループのヘンダーソン氏が二人の副社長を呼んで、トヨタのカンバン方式の調査を命じます。彼らは在庫減らしをしているようだが、よく意味が分からない。日本へ行って解明せよと宿題を出したのです。それで、副社長が二人行って、徹底的に調べました。
実はカンバン方式は、1936年、トヨタの名古屋郊外にある刈谷という地区で始まります。そこに最新式の刈谷工場を豊田喜一郎氏がつくったのです。当時、喜一郎氏が非常に悩んでいたのは、不良品の多さでした。エンジン開発などが非常に大変だったわけです。さらに作りすぎもありました。部品が多すぎて、無駄があるのです。
こうした無駄をいっさい排除できないか、と豊田喜一郎氏自ら「ジャスト・イン・タイム」と和紙に書いて、貼ったようです。さらに、これを感情論ではなくシステマテ...