●現代のステークホルダー資本主義
―― 先生のご感触として、企業を巡る潮目、環境の潮目が少し変わったとお感じになりますか。それこそ少し前ですと、株主資本主義の傾向が強く、四半期決算をどうするか、株の配当をどうするかといったことが比較的注目されたりもしましたが、そういう状況ではなくなりつつあるということなのでしょうか。
柳川 単純に「四半期決算が必要ない」「株主よりも他の人のニーズを重視する」といったことでもない気がします。多くの人が、中長期的にどういった方向で全体の価値を上げていくかということに関心を持つようになってきました。そのため株主の側も、例えばSDGs関連にどのような取り組みをしているかといったことに関心を持つようになりましたよね。
短期的には業績にとってマイナスに見えるようなSDGs関連の取り組みや環境への投資などが、株主にとっても関心事になってきている。株主の側も、そういったところにきちんと配慮した会社でなければ中長期的な価値は上がらないと考えるようになったし、実際にそうだということが分かってきたのです。
最近、「ステークホルダー資本主義」ということがいわれています。株主を第一に考えるだけではなく、環境問題、地域住民、従業員といったステークホルダーをしっかり考えていきましょうという考え方になっている。ですが、ステークホルダー資本主義が株主軽視なのかというと、そうではありません。株主にとっても「ステークホルダー全体をしっかり見た経営をしてもらうことが中長期的な株式の価値につながる」という理解が広がってきたし、そのように経営を進めていくことが可能になってきたのでしょう。
ですから、「誰かを重視しない代わりに、別の人を重視するようになった」という話ではなく、「もう少し全体的に見るべき視点がしっかり見えるようになってきた」ということだと思います。先ほどから申し上げているような「見える化」が進んできたということで、ステークホルダー資本主義が言われるようになったのでしょう。
これは実は昔から日本では当たり前のようにあった話なので、「今さらなぜ?」という感覚があると思います。結局、われわれが以前から重視してきたことが、ヨーロッパからまた「これが大事でした」と言われているだけではないか。
そういう面はあるでしょう。ですが、日本がかつて重視してきたステークホルダー資本主義と、今のステークホルダー資本主義は何が違うか。それは、やはり「見える化」がしっかり進んだことだと思います。
いろいろな人に配慮した経営は、良いように見えて、あまりうまくいかない面があります。それは結局、ある種の言い訳に使われてしまうからです。株式市場に対しては、「なぜこれだけ利益が出ないのですか」「いえいえ、従業員に配慮したので」と。従業員に対しては、「なぜこれほど給料上がらないのですか」「いやいや、株主が厳しいことを言うので」と。下手をすると、誰に対してもきちんとしたリターンが返せていないといったことが起こりうる。そのような経営を皆がしていたというわけではなく、ロジックとしてはそういうことが成り立ちます。
だからこそ、例えば株主第一主義にすれば、とにかく成果はそこで見えるから、言い訳を方々でして怠けるといったことができなくなる。これが、株主第一主義=株式価値を高めることが企業価値を高めることなのだ」と割り切った1つの理由ではあったのです。
逆にいうと、そのようにあちこちに言い訳ができなくなるような「見える化」が進めば、それぞれの人に対してきちんと配慮した、あるいはそれぞれの人の価値を高めるような経営が、企業価値全体を高めていくことになるということです。
●企業の成果を「見える化」で見せる
柳川 今進んでいる「ステークホルダー資本主義」は、環境問題に本当にきちんと貢献できたのかをきちんと見る。単なる言い訳ではなく、本当にどのくらい進んだのかを測る。それが分かれば当然、長期的な株式価値にどれだけつながるのかということも分かるので、株式市場としてはしっかり評価しましょうとなります。
従業員を不当に扱っていれば、当然、持続可能な経営はできません。短期的には株価が上がるように見えるかもしれないけれど、中長期的な会社の繁栄につながらない。だから、どの程度きちんと従業員に配慮して、働き方の環境整備をしているかという点もきちんと見せる。言い訳ではなく、きちんと見せてくれれば、株式市場としてはきちんと評価できるようになります。
このようなことで、マルチなステークホルダーの進み具合をしっかりデータで把握をし、「見える化」して進展していくのであれば、実は利害がさほどコンフリクトを起こすわけではないということが分かってきました。またそれが...