●2重スリットの実験――量子を「波」を考えるとイメージしやすい
次に量子コンピュータの「計算の仕組みや応用」に踏み込んでお話ししたいと思います。
「量子とはそもそも何か」をしっかりとお話ししていなかったのですが、端的にいうと、量子とは「物質やエネルギーの最小の単位」を表す言葉になります。
例えば、世の中にある全ての物質は、小さく小さく見ていくと、原子という小さな粒からできていることが知られています。この原子も、ある種「物質の最小の単位」になっていて、量子の1つです。さらにもう一段見方を変えて、原子をさらに細かく見ていくと、原子の中に「電子」「陽子」「中性子」といったより小さな粒が出てきます。実はこういった粒も全部量子の仲間です。このようなさまざまな粒を合わせて、全部「量子」と呼んでいるのです。量子というミクロな粒の世界は、私たちの日常感覚で知っている世界とは少し違った、感覚的には不思議な自然法則に従うことが知られています。
その量子の性質をもっともよく表す典型的な実験が「2重スリットの実験」と呼ばれるものです。この実験を知っておくと、なんとなく量子コンピュータがどういう仕組みで計算しているかもイメージできるようになるため、ここで少し紹介したいと思います。
まず量子のことを少し忘れて、水の波のお話をします。水の表面をツンツンつつくと波が発生します。その水面を進む波が「隙間の空いた穴」にぶつかることを考えてみましょう。
波というのは山・谷・山・谷と交互に繰り返されるような構造になっています。これがこの隙間を通り抜けると、そのちょっとあとで少し広がりながら後ろのほうに進んでいきます。その結果、後ろの壁の真ん中のあたりにもっとも強い波が当たることはなんとなくイメージできるのではないでしょうか。
この隙間が2つあった場合が、「2重スリット」という言葉に相当するものになります。隙間が2つある場合に何が起きるかというと、1つの波が左側の隙間と右側の隙間をそれぞれ通り抜けて、後ろで重なり合います。その結果、後ろの壁の部分に、縞模様のように波が強い部分と弱い部分が表れます。2つの波が合わさるときに強め合ったり、弱め合ったりするからです。2つの波の山と谷がまったく同じタイミングで重なり合えば、それぞれの波は強め合って大きくなりますし、もし山と谷のタイミングがちょうど真逆になって2つの波がぶつかると、ちょうど打ち消し合って波は立たなくなる。その結果、強め合ったところと弱め合ったところが交互に後ろの壁には表れる、ということが知られています。
ここまでの水の波の話を、量子という小さな粒の場合で考えてみましょう。もし電子を1つの隙間が空いている板に向かって打ち出すとすると、電子はまっすぐ進んで、後ろの壁の真ん中に当たると考えられ、実際、その予想通りの結果が起こります。
問題は隙間を2つにした場合です。この場合、何が起こるかを予想してみると、電子は粒のようなものなので、左の隙間を通って壁の左側に当たるか、もしくは右側の隙間を取って右側に当たるか、この2択だろうということが考えられます。
しかし、実際に実験をやってみると、そうはなりません。ここが非常に面白い部分です。
ではどうなるかというと、電子を1つずつ放出すると、後ろの壁にポツッと電子が1カ所に当たります。何度も何度も繰り返していくと、電子の当たった跡が積み重なっていって、最終的に後ろの壁に電子によってつくられる縞模様が浮かび上がります。
これは非常に不思議なことであり、電子を「粒」と考えると理解できません。しかし、先ほどお話ししたように、水の波と同じように考えると理解できます。
初めは「粒」だった電子が空間を「波」のように広がって進んだとすると、電子がいろいろな場所にいる可能性があると考えられます。その可能性の広がりを表している波だとイメージしてもらうといいでしょう。
波として電子が伝わってくれば、その波は左の隙間と右の隙間を同時に通り抜けることができます。電子は本来1個しかないため、これは結構不思議なことをいっているのです。実体が1個であるはずのものが、あたかも左の隙間と右の隙間を同時に通っている。両方の可能性を残しながら通っているかのように見えます。量子の世界ではこういった状況を「重ね合わせ」と呼んでいます。
波が左と右の隙間を両...