●ナノテクノロジーで神の力を手に入れる
―― 皆さま、こんにちは。本日は「ナノテクノロジー:マルチスケールサイエンス&テクノロジーの最前線」について、お話をいただきます。
「ナノテクノロジー」という言葉は、何となく聞いたことある方も多いと思うのですが、実際にどういうものなのかを今回の講義シリーズでお話いただきます。
まず初めに、ナノテクノロジーとは何なのか、そしてそれがどのような現代的意味を持つのかについて、松本先生からお話いただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
松本 はい。ある意味では、人類は科学をどんどん発展させて、ついにその原子スケール、分子スケールのコントロールが可能になりました。重要なのは、そういう非常にハイレベルの技術を手に入れてしまったということです。そうするともう望みの性質を持つ材料が創れます。もともと材料はそのありもので、そういう性質で、変えることができないものだと思っていたのに、それを好きなようにコントロールできる技術を人間が手に入れてしまったということです。
そして、普通はその熱機関にしても何にしても、ある制限の中でしか動かないものだと思っていたものを、その制限を超えたように見せる機能を実現するデバイスを創る能力を人間が身につけてしまいました。人類が神に近づいたという言い方はあれですが、ある意味でそこまでいってしまったということです。そしてそのベースになっている科学技術がナノテクノロジーなのです。
●ナノテクノロジーをどう使っていくべきか
松本 その利用については今、国連でずいぶんと議論されています。2015年にSDGsという概念が出てきましたが、これから10年ということで、2030年の目標に向かって頑張りましょうと言い始めています。このナノテクノロジーを、人類が生き延びるためのテクノロジーにどうやって変えていけるのかを考えることは、実は教養に直結しています。これは非常に、われわれが常に考えていなければならない問題だと思います。
少し話が飛びますが、だいぶ前にアインシュタインが、「悪い行いをするものが世界を滅ぼすわけではない」と言っています。それが意味するのは、地球環境問題にしても何にしても、誰かが何かをやっているからそうなってしまうということではなく、むしろそれを見ていながら何もしないものが世界を滅ぼすのだ、ということです。悪いか良いかよく分からないナノテクノロジーという全能の神的なものが出てきたのに、われわれが何も考えずにぼーっとしていたら、世界が滅んでしまいますよということを言っているわけです。
だから、ここまでこのように開発されてきたナノテクノロジーをどう使いこなすのか、本当に人類のために使えるのかどうか、それが今われわれに問われていることだと思います。そして強調しますが、そこで人類の教養が重要になってきています。
もちろん大学がそれぞれの分野でそれぞれが研究していて、それがボトムアップ的に人材の育成などにつながっているのですが、そこにやはり教養という横ぐしを刺しながら、教員も学生も育っていかなければいけません。そんな場であるのが大学だと、私自身は常に思いながら行動しています。
●物質の性質を変えるとはどういうことか
―― 非常に基礎的というか、初歩的なところから質問します。ある意味人間が、物質を好きにできるような力を手に入れてきたというお話でしたが、ナノというのは非常に小さい単位ですよね。この小さい単位の技術を磨くと、どうしてその物質を好きに変えることができるようになるのでしょうか。
松本 量子力学的にいうと、異種の原子と原子がそばにいて、ナノサイズでくっ付いていると、そこが創る「場」というのが変わってきます。
―― はい。
松本 異なる2人の人間が一緒にいるときというのは、単独でいるときとは違います。一緒に共鳴することによって、その「場」が変わります。そういうことができるということが、性質を変えられるということです。
―― はい。
松本 だから、プラチナふうに見せようと思うと、プラチナの周りの原子が2つ合わさっていれば一見するとプラチナに見えます。これがナノテクノロジーの極意です。
カーボンナノチューブはカイラリティによって金属、半導体、絶縁体にもなります。原子はカーボンだけですが、その結合の仕方、つまり、分子の構造によって性質まで変わってきます。そういうものがきちんと分かっていると、人の配置によって社会が変わるようなことが、実際に科学技術の世界で起きることが分かります。だから、それをどこまで理解して、どう使いこなすかということが重要です。
―― なるほど。もうそのレベルまで技術の力でできるようになってしまったと。
松本 そういうことです。
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