●ナノテクノロジーは、実は産業基盤そのものでもある
ご紹介いただきました東京理科大学の松本洋一郎です。今回のシリーズ講義では「マルチスケールサイエンス&テクノロジーの最前線」という副題で私、松本と、山本貴博、由井宏治、元佑昌廣でナノテクノロジーをテーマに講義をさせていただきます。
全体のコンテンツはだいたいこんなことを考えています。
「ナノテクノロジーとは」では、ナノテクノロジーの歴史や、それがどのようにスタートしたのかをお話をします。
次に、ナノテクノロジーを実際にわれわれの身の丈の技術に持ってくるにはマルチスケール解析とその応用が重要だということをお話しします。
そして、あとは「ナノの力で熱を電気に変える」では、カーボンナノチューブなどをどのように使っていくかを山本先生がお話しします。
その次は「水滴に見る界面張力の起源と制御のマルチスケールサイエンス」です。水はいろいろなところで使われていて、その威力をわれわれは毎日感じています。実際にナノサイエンスとして水を考えると非常に面白いことが表面なり界面で起きているので、そうしたことをお話しいただきます。
それから元佑先生には「界面現象とマイクロ流体システム」についてお話いただきます。最近、マイクロタスということで、いろいろなところに小さなデバイスが使われるようになってきています。それらがどんなところにどのように使われるのかというお話をしていただくつもりです。
実は日本では、川合知二先生という方がナノテクノロジーを引っ張ってきています。そのため、こういった話の多くは本当であれば川合先生にお話しいただくのが一番適切ではないかと思いました。これについては、東京理科大学が結構ナノテクノロジーに絡んでいたということを後で少しお話しします。そしてなぜ東京理科大学がこの話をまとめたのかという落ちにさせていただきたいと思います。
まずナノテクノロジーとは何かということですが、原子や分子の配列をナノスケール、すなわち10のマイナス9乗メートルで自在に制御することによって、実は望みの性質をもつ材料をつくることができる。そして、望みの機能を発現するデバイスをつくることができる。そういうことが実際に動き始めました。そういったものを実現させて、素材、IT、バイオなど広範な分野でこれが発展してきています。これは21世紀の最重要の技術と考えて良いです。
さらにもっと重要なのは、ナノテクノロジーは、実は産業基盤そのものでもあるということです。今やそのように展開してきているので、ナノテクノロジーを制する者は世界を制するということになります。
●日本とアメリカにおけるナノテクノロジーの歴史
その歴史は、1959年にリチャード・ファインマンという人が、“There’s Plenty of Room at the Bottom”という講演しました。分子・原子のところから考えると、まだまだやれることはいっぱいあるということです。ファインマンはノーベル賞をとられた方で、ご存じの方も多いと思います。
それとは少し別のトラックで、当時東京理科大学の教授だった谷口紀男先生が、国際会議の1つで生産技術を扱っている会議である国産生産技術会議で、世界で初めてナノテクノロジーという言葉を使い、その概念を提唱しました。当時の生産技術なので、その方向はどちらかというと上からどのように持ってくるかというトップダウン型です。
そして、これも非常に有名ですが、K.エリック ドレクスラーという方が“Engines Of Creation”、つまりナノテクノロジーの将来があるだろうという、どちらかというとボトムアップ型の議論をしました。このとき実はドレクスラーは谷口先生の講演を知りません。そして1992年には、それを「ナノシステム」という形にまとめて学位論文にしてドクターを取ったので、ナノテクノロジーの初めてのドクターではないかと言われています。
そういう形でアメリカでも世界でもナノテクノロジーに関係するいろいろな研究が進んでいました。1999年に、アメリカのNSFにいたミハイルC.ロコという方が、“Nanotechnology Research Directions”という提言をまとめました。実は、ミハイルC.ロコ氏は私のある意味同僚で、同じような分野で研究をしていた方ですが、「え、なんでミハイルC.ロコはこんなことをやっているの?」と当時、私は思った記憶があります。でもよく考えてみると、流体力学というのも細かいとこから見るとナノテクノロジーそのものであり、そのためにまとめていたのだと理解できました。彼はNSFだけではなく、NSFを代表に、もっといろいろな機関をまと...