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ノーベル賞を共同受賞した「マルチスケール解析」とは何か

教養としてのナノテクノロジー(6)マルチスケール解析と応用<前編>

情報・テキスト
2013年にノーベル化学賞を共同受賞した「マルチスケール解析」。量子力学と古典力学を融合させるこの解析を可能にしたのもスーパーコンピュータ「京」の登場、つまりテクノロジーの進化である。異なるスケール間を接続するためのマルチスケール解析とは何か、ナノテクノロジーにおけるその構造を解説する。(全10話中第6話)
時間:06:25
収録日:2021/03/29
追加日:2021/08/26
≪全文≫

●量子力学と古典力学を融合したマルチスケール解析でノーベル賞受賞


 では、「ナノテクノロジー:マルチスケールサイエンス&テクノロジーの最前線」の2項目目としてお話ししていきたいと思います。

 これは最初に示した目次ですが、今回は「マルチスケール解析と応用」について、お話しさせていただきます。

 実はマルチスケール解析はノーベル賞を取っています。2013年のノーベル化学賞は「複雑な化学反応系のマルチスケールモデルの開発」で(マーティン・カープラス氏、マイケル・レヴィット氏、アリー・ウォーシェル氏が)共同受賞しています。

 彼らのコンセプトは、たんぱく質の構造のコアの部分は量子力学で計算し、その周りは古典力学で計算するというものです。このアイデアが非常に評価されたのですが、実は非常に難しいのは、古典と量子をどう結ぶかということです。この部分のモデリングがすごく重要になってきます。

 当時は「京」というコンピュータが最速でしたが、今や「富岳」に変わりました。その当時こういう解析ができるようになったのは、このハイパワーの計算機ができてきたということに起因しています。われわれが身の丈でこういうことをやろうと思うと、もっと小さな計算機でもできるうまい方法をいろいろ考える必要があります。


●ナノテクノロジーにおけるマルチスケール解析とは


 では、ナノテクノロジーにおけるマルチスケール解析とは何なのかを簡単に説明します。

 分子レベルが完全に平衡現象になってしまったら、ナノテクノロジーも何もありません。分子レベルのいろいろな現象が非平衡の状態であり、それをうまく固定化して新規のデバイスをつくるというのが一種のナノテクノロジーです。こういう非平衡現象をどのように計算していくかを考えていきます。

 細かいことをここに書いていますが、ミクロスケールでは、電子・原子核の運動を量子力学によって計算します。そのときの支配方程式はシュレーディンガー方程式です。そこでモデルをつくって、メゾスケールのところにもっていきます。もちろんシュレーディンガー方程式で最後の最後まで計算する方法がないとは言いませんが、どれだけ計算機が大きくて、どれだけメモリがあったとしても、それはちょっと無理な話です。そのため、それぞれのスケール間でモデルをつくっていくということになります。

 メゾスケールでは、分子・分子の衝突モデルを古典力学に置き換えて、衝突断面積が……という話になり、ボルツマン方程式に当てはめます。さらに、分子集団の運動ではボルツマン方程式、分子・分子の衝突ではニュートン方程式を使いますが、それをつなぐのが衝突断面積です。平衡状態を考えると、粘性や拡散係数がどうかという話になり、それを連続体の挙動にもってくると、連続体の輸送現象として、例えば流体だとナビエストークス方程式を解けば良いことになります。

 これだけ聞いてもちょっとぴんと来ないと思いますが、絵にしてみるとこのようになります。シュレーディンガー方程式を使って分子の周りの電子状態を計算すると、分子と分子の間にどういう力が働くかという分子間ポテンシャルが計算できます。横の軸を距離にして縦の軸をその力にすると、こういう分子が近づいてくると反発し、遠ざかっていくと引力が働くというようなモデルをつくることができます。

 そして、分子と分子がお互いに衝突し合うときにどういう力が働くのかは、古典力学で1個1個の分子を質点とすると、ニュートン方程式で計算することができ、そのときのポテンシャルがどうなるのかということになります。

 次はこの分子の集団を計算するのに、ボルツマン方程式を使います。そして、計算機で計算するときは分子集団の間の衝突断面積、つまりどのくらいですれ違ったら衝突したと見なすかというその分子の大きさをパラメーターにつくって計算します。

 さらに、ボルツマン方程式を計算すると、構成方程式がどうなっているかということを計算できて、最終的には完全に連続体の力学に落とし込むことができるようになります。

 こういう方向で考えていくのがマルチスケール解析です。しかし、われわれが実際にやりたいのは、何か少し面白いことをして、こういうナノスケールで起きることを止めて、非平衡状態のまま使い込むということです。そのデザインをするためにマルチスケール解析が必要になるのです。
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