●免疫チェックポイント阻害剤との併用
最初に免疫チェックポイント阻害剤との併用についてお話しします。
脳腫瘍は薬が集まりにくいのですが、全くいかないわけではありません。ですから、少ない量の薬でもうまく効果が出るように免疫チェックポイント阻害剤と一緒に使います。
では、どれが良いのかというと、免疫チェックポイント阻害剤である「オプジーボ」がすごく有名です。これはどういうものかというと、抗体です。がん細胞をやっつける細胞は活性化したT細胞です。この活性化したT細胞ががん細胞の抗原を認識して、結合して、さあやっつけようというときに、がん細胞は自分の表面にPD-L1というタンパク質を発動します。そうすると、鍵と鍵穴のように、PD-L1が活性化したT細胞にあるPD-1にくっついて、ブレーキになってしまいます。免疫チェックポイント阻害剤という抗体はこの間に割って入って、PD-1とPD-L1の結合を阻害します。それによって活性化したT細胞はがん細胞を攻撃することができます。これは素晴らしい発見で、これによって本庶佑先生がノーベル賞を取られました。
ただ残念なことに、この免疫チェックポイント阻害剤で効果がある人は、がんの患者さん全体の1割から3割です。そして、脳腫瘍には効かないという問題がありました。
どうして脳腫瘍だけ効かないのでしょうか。その一つの理由として、脳腫瘍は「冷たいがん」といわれていて、今お話ししたようにがん組織をキラーT細胞が攻撃するには、キラーT細胞ががんに集まってこなければいけません。この集める役割をするのは何かというと、成熟した樹状細胞という細胞です。しかし、樹状細胞が未成熟な状態だと、活性化したT細胞をリクルートすることができません。
ではどうしたらいいのでしょうか。面白いことに、ある種の抗がん剤でがん細胞を殺すと、このがん細胞から、CRTやHMGB1、ATPといった物質が放出されます。こうやって放出された物質が未成熟の樹状細胞を成熟した形に変えて、脳腫瘍を温かい腫瘍、ホットな腫瘍に変えます。そうすると、T細胞がリクルートされてきて、がんがやっつけられます。
どんな抗がん剤でもこういうことが起きるわけではなく、実はドキシルビシンとかエピルビシンのようなアントラサイクリン系の抗がん剤で非常にこの作用が強いことが分かりました。
そうすると非常に都合の良いことに、グリオブラストーマは他のがんよりもアシドーシスが進んでいるため、中心部ですごくpHが下がるのです。
そこで、このpHに応答して、エピルビシンを放出する私たちの高分子ミセルを使うと、こういうメカニズムでエピルビシンが放出されて、未成熟な樹状細胞が成熟し、キラーT細胞をどんどん集めてきます。さらに、免疫チェックポイント阻害剤があると、そういう集まってきたT細胞にブレーキがかかりませんから、効率よくがんをやっつけることができるだろうという仕掛けです。こういうものを「化学免疫療法」と呼んでいます。
実際にどのぐらい効くかというと、これはマウスの脳に移植したグリオブラストーマの治療です。横軸は生存日数です。見ていただくと分かるように、免疫チェックポイント阻害剤単独の場合、70日生きるマウスは4割です。エピルビシンミセルだけでも8割で、結構効きます。両方を併用すると全例、すなわち100パーセントのマウスが70日以上生きているという非常に優れた効果を出すことが分かりました。
しかも、他の種類のがんですが、現在エピルビシンミセルはヒトの患者さんを対象に臨床試験に入っています。免疫チェックポイント阻害剤もヒトに使われているので、この二つを組み合わせる治療法は比較的スムーズに認証試験に持っていけると考えられています。
●血管内皮細胞の通過を促進するリガンド分子の装着
2番目の血管内皮細胞の通過を促進するリガンド分子の装着についてお話したいと思います。
先ほどお話ししたように、悪性脳腫瘍の治療には血液脳腫瘍関門(BBTB)を通過できるドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発が必要です。そうすると、この内皮細胞の中を通っていく分子を表面につければいいのです。その代表例が環状RGDペプチド(cRGD)です。cRGDは、腫瘍の血管内皮細胞、あるいはがん細胞に特異的に発現するインテグリンレセプターというタンパク質に結合するので、これを...