●最初は「何を尋ねればいいか」がわからなかった
―― 「幸せとは自分と他者の関係」という話に戻ると、先ほど「『みんなを幸せにする』という目標を立てる」という話がありました。「自分が自分が」という心ではなく、相手との関係性の中で、むしろ相手のことを考えようとなり、「どうすれば喜んでもらえるか」と相手側の立場に立ってものを見ることができるようになる。
田村 そうです。
―― ここもまた難しいと思うのは、まず「聞きに行く」ということです。「何にお困りですか?」「どうやればいいですか?」といったものがあると思いますが、多分100人なら100人いろいろな答えが来て、全部に応えようとすると、とてもじゃないけれどやりきれないということになりますよね。
田村 最初はもう失敗だけでした。打つ手、打つ手が、全部失敗です。(それまで)ほとんど回ったこともありませんでしたし、わからないことだらけだったので、「尋ねる」といっても「何を尋ねればいいか」がわからない。最初はお金を使い過ぎてしまったのです。
―― 営業予算をですか。
田村 そう。年間予算を3カ月ぐらいで使ってしまったのです。得意先に行くと、おっしゃるように要望を言われます。
―― 「グラスをくれ」とか。
田村 「グラスを持ってこい」とか「協賛金を出せ」とか。これ、(キリンとして聞きに行ったのが)初めてのことなので、断れないのです。断るとライバルメーカーに行ってしまうので。「はい、わかりました」と応じていたら、3カ月ぐらいで年度予算を使ってしまったのです。これは社内で大問題になりました。実績は最下位で、予算達成率は断トツでトップでしたから。
―― 一番怒られるパターンですね(笑)。
田村 そうです(笑)。ただこれがよかったのは、メンバーはみんな知っていますから、怒られている私を。次からは「お金を使わないで、でも得意先の言うことを聞かないといけない」(となった)。すると「どういう交渉をしたらいいのか」という議論が出てきたのです。これがよかったと思います。大変でしたが、自分たちで考えて「このやり方は、やっていられない」と。
もう一つよかったのは、日々、いろいろな問題が起きます。「会社の使命を果たす」というのは、それは「きれいごと」です。言葉はきれいだけれど、実際の毎日で何が起きているかといえば、もう、しょうがないことが山のように起こりました。例えば「うちには協賛金をもっとよこせ」と言う飲食店があります。「そうしないとライバルメーカーに替えてしまうぞ」と。替えられてしまうと使命が果たせなくなります。キリンを飲みたい人が飲めなくなりますから。それは、いけない。
「じゃあ仕方ない。今回は出そうか」といった話も出てくる。これをみんなチームで話すのです。どうしていいか、わからないので。会議ではなく、4、5分という感じです。帰ってきて、4、5人で話す。
すると、別の人間は、「無理難題を言わない得意先だっている。そこに何も出さないで、うるさい得意先にだけお金を払うのは、本当にキリンの使命を果たすことになるのか」と言う。これも「なるほどな」となるのです。
どちらが正しいかは、わかりません。そのうち別の人間が、「じゃあ、そんなところはもういいから、別のやり方で、もっとお得意先を増やす方法はあるはずだ。自分も考えがある。それをやってみよう」となり、そうするとうまくいく。それで、またやってみる。そういう日々です。
そういう気持ちがあると、無理を言ってきたところもなんとか収まったりするのです。めざすところが「キリンビールの使命を高知で果たす」という「一番高いところ」に行ったので、いろいろな問題はそこから下ろしてきて解決していけばいい。それまでは「嫌になっちゃうな」「どうしようか」と悩んだりしていましたが、そこは悩みがなくなりました。「ああでもない」という議論をしているなかで、やはりチームが成長しました。
●どうしたら「打つ手、打つ手が全部当たる」ようになるのか
田村 そうした議論をしていると「物事は、こう捉えると、うまくいく」という情報が日々更新されていきます。それで何が起きたかというと、判断力が上がりました。
よく誤解されているのですが、やっぱり私もそうですけれども、入社以来、「戦略だ、戦略だ」とずっといわれているのです。「正しい戦略をつくったところが勝つ」と。ところが、よく企業を見ていると、「戦略は正しくて、ボロ負け」のところが、けっこう山のようにあるのです。
―― それは、たとえば、どういうことですか?
田村 家電メーカーもそうです。各家電メーカーは十数年前は、「テレビは、有機EL時代だ。有機ELをやるんだ」といっていました。ところが、それは今、そうなっていない。これは何かと...