●マニュアル化できなかった高知支店の成功
―― それをどうすると好循環と言うか、いい流れができてくるのでしょう。
田村 「自分は自分、他者は他者」ですから、「これまでの自分にとらわれない」ことになったのです。そのためには、自分の利益を超える(ことが必要ですが)、自分の利益を超える存在というのは、企業の(キリンビールの)「使命」なのです。1本でも飲んでもらう。そして、おいしいビールをつくる。お客さんを幸せにする。日本人を幸せにする。
これは自分の利益ではない。自分さえ得すればいいというものではない。その上の概念で、これは絶対的なものです。
そこに向かうようになったら、それまでの自分が切り離された感じになりました。「自分の利益にとらわれる自分」がなくなり、とらわれるのはその上の概念、「会社の使命を果たしていく」なのです。
そうすると劇的にお客さんとの関係が変わります。お客様からすると、これまでは自分の都合で言ってくるキリンのセールスだったものが、変わった。今度は自分たちのことも飲み屋さんのこともお客さんのことも考えて、その人たちを幸せにするセールスになってしまうわけです。これもう決定的に変わります。社外との関係が。
社内も変わります。隣りに座っている人間が自分の成績だけ考えていれば、別に共感もしないし、どうってことはない。ときには足を引っ張ってやろうと思う人がいるかもしれない。ところが隣りに座っているセールスが、純粋にお客さんの幸せを目指してやっている。それは、やはり「すごい」となるのです。
だから途中からみんな「あいつはすごい。ああいうふうになりたい」とリスペクトしだした。それまでは結構、悪口をよく言っていたのですが、「やはりすごい」と。そうなると実績も上がってくるのです。
そこから「お客さんに喜んでもらうことだけをやろう」となった。キリンビールの経営理念として、これが昔あった。「それをもう一度、自分たち高知でやろう」とやっているわけですから、お客さんも喜んでくれます。
もちろん1カ月や2カ月では、全くダメです。それまでの信用関係がありますから。でも、やっているうちに、1年ぐらいすると実績が上がってくる。それを見てチームが「これがいいんだ。自分たちもやろう」「目標数を達成するのが仕事じゃないんだ」と。
目標はいろいろ来るのですが、それを理解したうえで、本社の施策を活用して高知の人を幸せにするんだと。だから目的と手段が変わった瞬間があったのです。それは「組織の目標が変わった瞬間」です。
ですから、上から言われた数量を達成するのではない。自分たちが考えて、高知の人に喜んでもらう。キリンビールを飲んでもらって、いい1日を送ってもらう。そのために何をしたらいいかを考えて、自分たちで行動するようになっていきました。
ですから、「1つ上の概念」というのでしょうか。理屈からいうと、どんどん売れるようになりたいわけですから、そういう状態をつくればいい。そのために高知のお客さんに喜んでもらうことを考えながら、行動していく。一人ではなかなか知恵が出ないので、行動しているうちに、いろいろな話を聞き、「やってみよう」となる。やってみてうまくいけば、これを徹底してやる。うまくいかなければ、また別の人間が別のやり方を見つけてくる。
これができたのは、いわば「不可能に向かった」からです。会社の使命を果たすのは、実は不可能なのです。
私は最後にキリンビール全社の指揮を執ったのですが、「日本の飲酒人口、例えば6000万人全員にキリンビールを飲んでもらって、『おいしい』と言ってもらい、幸せにする」と決めました。しかし、これは事実上、不可能です。なぜならライバルメーカーが黙っていません。昔から競争の最も激しい業界といわれ、「やられたらやり返せ」がルールですから。
これは不可能なのですけれども、不可能なことに向かう。だから日々、工夫が起きてくるのです。イノベーションが起きてくる。
普通、営業は今年頑張ると、なかなか頑張りが続きません、翌年は下がるのですが、どんどん新しい知恵が湧いてきた。これは使命を果たす(と考えたからです)。キリンビールの使命は何か。それは「世界一おいしいビールをつくって、喜んでもらうこと」です。そこへ向かって突き進んでいくのだから、知恵はどんどん出てこないといけないのです。
なぜかというと、われわれは予算も人も決まってしまっていて、これは動かせません。すると今やっていることを徹底して見直し、無駄を省いて、お客さんを増やす(しかない)。そのための情報を発信していくように、ならざるをえないのです。そこからはもう、イノベーションしか起きない。常にイノベーションが起きるチームができたの...