●自分の分野の「言葉」を使わないことで他の人にも分かる「言葉」が出てくる
―― 為末さんの話を聞いていて、「難しいな」と思った点があります。スポーツの場合、「これは一般の人には分からないだろうな」というケースが多いと思うのですが、働いている人の場合、ある程度、専門用語も分かるので、なんとなく通じてしまいますよね。つまり、「いや、私は事務機器の営業をやっていました」とか、「経理部門にいました」というと、説明しているようではあるけれど、実はどれだけ説明しているかが分からないところがあるということです。
先ほどの「セカンドで6番を打っていました」という説明とどう違うのだと言われたときに、「営業は営業でも、あなたはどこに強みのある営業だったのですか」とか、「経理は経理でもどういう経理だったのですか」という部分の仕分けをしないと、本当の意味で相手には伝わらない。ただ、一般の仕事だとなんとなく通じてしまうので、そこで、「俺の整理は終わり」となってしまう可能性もある。そんな中で、どこをどのように小さく切っていけばいいのですか。
為末 それは、一般の人がアスリートくらい分野の遠い人に説明してみると、「それはどういうことですか?」と質問が返ってくるので、話が通じているかどうかということがクリアになるということですよね。
競技者の場合、一般の人に自分の強みを説明する場合、かなり抽象化しないと伝わらない。例えば「ハードルを跳んでいました」だけでは分からないので、私はどちらかというと、やっていたことの「言葉」を使わないことがいいような気がします。
―― やっていたことの「言葉」を使わない?
為末 ええ。みんな自分たちの競技の言葉を使ってしまうので、「これから『陸上競技』という言葉は禁止、それから『ハードル』も禁止。それで今までやってきたことを説明してみて」というように、選手に対して縛りをかけたことがあります。「『営業』という言葉も禁止、『会社名』も禁止、それでやってきたことを説明してください」という枠組みでやったときに、初めて、「そういえば営業とは何だったのか」とか、他の人にも分かる「言葉」が出てくるような気がします。
アスリートはそういう言葉すら分からないので、ビジネスパーソンがアスリートに説明するときには、自然と変換するのでしょう。ですから、ビジネスパーソン同士であっても、自分の頭の中で、あえて単語を縛ってみると、上手に言語化できるのではないでしょうか。
―― あえて、自分がやっていたことの「言葉」を使わないというのは面白いですね。
為末 ええ。例えば「100メートル」という言葉を使わずにやると、「どうやって速く走るかを研究しました」と言う選手もいれば、「自分が勝つことで人を興奮させていました」と言う人もいる。同じ「100メートル」でも、奥のほうで見ていた目標が違ったり、感じていた喜びも違ったりする。他の仕事でも同じような部分がある気がするのです。やっていることは一緒なのですが、奥のほうに持っている思いとか、興味が違ったりする。そうすると、スキルとしてはこっちかもしれないけど、興味としては違う分野だったりする。スポーツをやっていたからといってスポーツ界ではなく、仲間と一緒にやるのが好きな人はやっぱりチーム系が好きですし、何か研究的なものに興味を持っていた人はこっちということも見つけやすい。
―― 確かに営業でも、お客様と分かりあえて、心が通じたときに喜びを感じる人もいれば、みんなで盛り上がって、「達成するんだ」とやるのが得意な人もいる。それが「営業」という言葉だと見えないけれど、言葉を替えてみると見えてくるということですね。
為末 ええ。プッシュ型の営業スタイルの人だったのか、プル型だったのかも、そういう表現の中で見えてくるような気もします。そうすると、「うちの商品はプッシュ型では売れなさそうだから、この人のスキルが必要だ」ということを、相手側にイメージさせられたりとか、そんな感じですね。
●心を切り替えて「どう語るか」と考えることが大事
柳川 あと1つ、お話を聞いていて大事なポイントだと思ったのは、スポーツ選手の場合、例えば「野球を続ける」というのではなく、セカンドキャリアとして、どこかの会社に就職しようという話になるということに関して、です。つまり、違う仕事をやることが前提で、これまでの経験で生かせるものは何かという発想になっている。だからこそ、「セカンドをやっていました」と言い続けてはいけないと心を切り替えて、「では、どう語るか」という考えになっていくわけです。
社会人のセカンドキャリア、転職の話だと、下手をすると「何とか会社の部長をやっていました」とか、「なんとか会社では営業で第一線で働いていました」といっ...