●40歳はコーチとして悩む人が出始める時期
―― ここまで、柳川先生からキャリアを考える上で注目すべき大きな2つの流れについてのお話がありました。為末さんはちょうど40歳を超えられた頃でしょうか。
為末 42歳になります。
―― 40歳定年制ということでいくと……。
為末 定年をしていなければいけない。
―― 同期の方、前後の年齢のご友人がまさに対象となる世代になってきますね。スポーツ業界に限らず、いろいろな業界に行かれているかと思いますが、為末さんの目には、労働力の移動、セカンドキャリアはどのように映っていますか。
為末 私たちのスポーツの世界に限ったお話をすると、年齢的には、選手からコーチになるくらいの時期になります。選手として40歳までいけるのは、体が壊れにくいとか、かなり限られた種目の人ですね。ビジネスパーソンに比べて、スポーツ選手は開始時期が早く、15歳、16歳くらいから本格的に競技する人間もいるので、20年と考えると、34歳、35歳くらい。それくらいになってくると、競技観がはっきりするというか、勝ちパターンがはっきりしてくる時期で、成功体験もすごくあって、それをもとに競技人生の後半は自分の型を持って戦っているイメージです。
そして、40歳くらいになると、コーチの世界に入っていきます。よくあるパターンでいうと、自分の人生ではうまくいったけれど、自分の型を他の選手に適用しようと思ったら、うまくいかなくて悩む人が出始める時期です。そういう人が次に大きく飛躍するのは、「人によっていろいろな特性があるのだ」と、うまく切り換えていけるタイミングですね。
●スポーツ界に起こったデータ革命
為末 スポーツの世界は、そこまで激しく産業構造が変わっているわけではないので、大きくスキルを替えなくてはいけないということはあまりありません。ただ、その中でも、私たちの現役の頃には取れなかった身体データが、今はいろいろな手法で取れるので、データをもとに選手に説明する必要があります。ですから、データの扱い方が分からないコーチだと、指導していくのが徐々に難しくなってきているような側面もあります。
―― 身体データというのはどういうデータなのですか。
為末 例えばこういうもの(腕時計のようなもの)で心拍のデータが取れます。血中の成分など、私たちの頃はそんなに簡単に取れなかったものが、今は簡単に取れるので、練習が終わった直後にどのくらい疲労しているかも分かります。または、ソールみたいなもので地面に接しているときの圧力とか、足の動きも取れたりする。そういうデータを駆使しながらコーチングするスタイルは、私たちの頃にはあまりありませんでした。そのあたりは環境が大きく変わった点だと思います。
ですから、産業をガラッと替えなくてはいけないという局面ではないのですが、新しく出てきているものに適応できた人とできていない人の差が少しずつ出てきたり、過去の成功体験が強すぎて、次に行くのが難しい方がちらほら出てきたりする年齢ですね。
●コーチングの仕方、管理職のあり方が変わってきている
柳川 コーチングの仕方が変わってきているというのは、面白い話ですね。昔は、勘に頼っていたものが、しっかりデータが取れるようになった。かつ、単にデータで一義的にやることが決まるのではなく、それを使いながらうまくアドバイスするというのは、まさに今求められているデータ活用、データビジネスの一番典型的な話だと思います。
そういうようなことも含めて、これからは、経営者あるいは管理職という立場でマネジメントをしていく人も、データに基づいて、部下にどのようにアドバイスしていくか、部下をどうやって統率していくか、あるいは部をまとめていくかを考えなくてはいけなくなると思うのです。今までの管理職のあり方と、新しい技術が入ってきたときの管理職のあり方は変わってくるという意味では、スポーツの世界とも共通した面がありますね。
選手がコーチになるというのは、ある意味で、現場で働いていた人が管理職になっていく話に近い。やっている仕事は似ているといえば似ているけれど、自分の手足を動かすのと、人に動いてもらうのとでは、だいぶ違う。まさにおっしゃっていたように、自分がやることではないので、人にどう伝えるかというテクニックが必要になります。それから、自分が動いていた以前と今とでは技術も違う、環境も違うので、変化を取り入れながら言わないといけないのが、悩みの1つになりますね。
このあたりは、しばしば耳にする漫画的な「俺の時代はなあ」という話なのですが、実は日本の管理職の人たちが考え直すべきポイントでもあると思うのです。
為末 それは僕ら(スポーツ)の世界でもよくある話です。
柳川 そういう愚痴ともつかな...