●「実行といふ行為には、常に理論より豊富な何ものかが含まれてゐる」
田村 ただ、繰り返し申し上げますが、誰か一人でいいのです。一人がそちらへ向かうと、必ずやっているうちに自分への信頼が高まってきます 。それは一番高いところ(に向かうからです)。企業の一番高いところは企業の使命ですから、それを果たそうと向かっていると、そこに向かっている自分を信頼できるようになってくるのです。
行動によってです。行動する前はダメです。行動が非常に大事です 。「高知支店の奇跡」はやはり行動です。本質は行動、動くことです。
「最高の知性」といわれる小林秀雄のこういう言葉があります。
「実行といふ行為には、常に理論より豊富な何ものかが含まれてゐる 」(小林秀雄『私の人生観』)
つまり実行すると、(これは経験があるのですが)営業活動などをやってみると、何かが生まれているのです。ただし、うまく言語化できない。だからメンバーに伝えられないのですが、何かがあるのです。潜在意識のほうが、顕在化しているものよりも、すごくいっぱいある気がします。
潜在的なものというのは、置き換えられないけれども、何かがある。しかし、それがあるときに「わかる」。
「わかる」というのは、日本語に置き換えることができるのです。「あ、こういうことではないか」と。そこで初めてメンバーとコミュニケーションが成立するのです。「こういうことじゃないか」「そうか」「じゃあ、こういうふうにやってみよう」とか「別のやり方でやってみよう」となって行動する。
その行動によって、また潜在意識の中に、何か大事なことが出ているのです。それがあるときピンとくる 。
ノーベル賞をもらった山中(伸弥)教授が「直感だ」とおっしゃっていました。やはり直感で、パッとひらめくのです。
―― 蓄積というか、いろいろな潜在(意識)にたまっていたものが、浮かび上がってくる。
田村 そうです、行動によって。そしてまた何かが出てくる。そしてまた行動。この繰り返しでした。ですから、行動が決定的に大事です。
行動するには、勇気が要るのです 。だから勇気が大事です。では勇気はどこから出てくるのか。私の場合は、「自分との対話」でした 。
―― 「自分との対話」ですか。
田村 はい。結局、キリンビールという会社が、世の中に存在する必要があるのか。毎日考えざるをえないぐらい追い詰められてしまったのです。全然、売れなくなりましたから。
―― アサヒスーパードライが大流行りした時期ですね。
田村 そうです。中でも高知支店が最下位になって、それぐらい数字が落ちていた。
でもやっぱり考えてみると、「尊敬できる先輩」「尊敬できる理念」があったのです。「理念」って言葉じゃないのです 。よくわかったのは、「理念」を実現するためには「挑戦」をしないといけないのです 。挑戦しかないのです。
だから、(キリンは)挑戦をしている会社だったんですよ。常に、味を見直していました。売れようが売れまいが、もっと最高のものをつくろうとしていた会社なんですね。行動していた会社だった。「ああ、だからこうなったんだ。大事なものはその精神なんだ。これを高知支店が引き継ごう」と、そう考えたんですね。それはやはり、自分の会社のピンチでしたから。キリンビールの運命が。
それまでも、いい部分と悪い部分はもちろんあります。でも調子が悪くなると、悪い部分ばかり目に入ってしまうのです。だから飲みに行くと「あいつが悪い」「本社が悪い」となり、それで終わってしまっていたのです。でもそのうちに「これはおかしいな」と。
悪い部分もいい部分も、よく考えるとセットなのです 。つまり、(キリンは)すごくいい会社だった。いい会社だったから、ほとんど努力しなくても、売れるようになっちゃったんですね。そうすると、人材も育たないし、一生懸命努力するという雰囲気もなくなってしまった。
今の「本社」というのは、昔、非常に成功していたから(この状況が)生まれたので、この悪いところだけ取り出して「あいつが悪い」で終わっていたのは、やっぱりおかしい。全体がセットなのだ。だから、「しょうがない。いいも悪いも全部認めてしまおう。だって、逃げられないのだから。認めてしまって、それを引き継ごう」となった。
それは何かというと、「キリンビールの精神、理念」です。「ひたすらお客さんのために行動し続ける」。これがキリンの理念です 。これを高知支店でやろうと。そちらに向かってから、精神が非常に楽になりました。
そちらに向かっていくのに、では何をしたらいいかというと、とにかく聞き回る。尋ね回る。やっているうちに体でだんだんわかってきました。それで「やってみよう」となり、そういうト...