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左道に訴えないーー『古事談』が伝える「貴族道」の本質

平安時代の歴史~「貴族道」と現代(9)「貴族道」の「貴族道」たる所以

関幸彦
歴史学者/元日本大学文理学部史学科教授
概要・テキスト
平安時代、暴力や武力は「左道」にあたり、やってはいけないことを意味する。「貴族道」は劣勢であっても決して左道、すなわち暴力や武力に訴えず、議論でそのことを伝えていく。つまり客観性と平和主義とを重んじる価値観を示している。『古事談』にある実方中将と藤原行成の説話から、そのことを具体的にうかがい知ることができる。中世の時代を長く築いてきた当時の貴族たちの行動規範や思想に学ぶことは、現代社会でも大いに参考になるはずだ。(全9話中第9話)
時間:16:37
収録日:2023/10/20
追加日:2024/03/01
≪全文≫

●「左道」に訴えないーー『古事談』にみる「貴族道」が「貴族道」たる所以


 具体的な事例でいいますと、説話の中で前にお話しした『古事談』というのがまた出てきます。その『古事談』の中に、史実に近いとされていますが、実は『百人一首』で皆さんご承知の藤原実方(さねかた)、通称・実方中将という人物がいます。

 実方に関しては、系図資料があります。その系図資料をご覧いただくと、実方について登場する系図があって、「実方略系図」というものです。三平の中の忠平の系譜の中に、忠平の子どもに師尹(もろただ)がいて、その孫にあたるのが実方という人物です。

 一方、系図では、その師輔(もろすけ)というのも先ほど出てきました。この師輔の系譜にあたるのが(藤原)行成(こうぜい)という人物がいます。行成(ゆきなり)ということですね。この行成(こうぜい/ゆきなり)は道長のブレーンの1人でもありました。

 よく三蹟といいますが、三蹟と三筆というのは知っての通り、三筆というのは唐風、中国風の筆の名人で、三蹟というのは国風の言い方です。その三蹟の1人に行成という人物がいます。彼は中納言から大納言へと出世していく人ですが、この実方と行成があるとき口論に及んだのです。

 この口論に及んだ最大の理由は、その実方は『百人一首』でも登場しているように、自分は歌の名人であるとけっこう鼻高々に思っていましたが、行成の「あいつ(実方)は大したことない」という悪口を聞いたからです。本当に言ったのかどうかは分かりません。しかし、その噂――行成が(悪口を)言っているということを聞いた実方は、清涼殿のときに行き会った殿上の間の中で、行成の烏帽子(えぼし)を坪庭にドーンと投げてしまいます。つまり暴力を使ったわけです。

 当時の貴族たちにとっては、暴行、暴力というのは「左道」で、左道というのは左の道ということで、正しい道ではないということです。

 皆さんもお分かりのように、日本国は漢語・漢字の文化圏ですから、例えば右に対して左、それから黒に対しては白で、黒白をつけるなどといいます。白がプラスのイメージ、黒はマイナスのイメージで、左がマイナスのイメージ、右がプラスのイメージです。

 縦と横についても、(横は)横っ面、横槍といい、これは負のイメージです。ところが、縦はまっ...
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