●参照すべきはシリコンバレー、中国、戦後日本
これまで申し上げてきたことをひと言でまとめます。1980年代末以降の企業の守旧体質について、バブル崩壊の中で積極政策が取れなくなりました。そして官民の戦略産業という考え方が消えてしまいました。これは、アメリカに叩かれたこともあるのですが、その上、高齢化と出生率の低下で財政赤字が伸びたことで、日本経済が長期的な衰退に陥ったのです。その結果、日本は輸出立国ではなくなり、輸入依存の中進国で、富がどんどん流出し貧困化が進みました。
長い間続いたこの衰退傾向を逆転させて、新たな発展につなげることは可能でしょうか。われわれがみんなで考えなければいけません。そのために、参考にすべき例があるのです。
一つは、シリコンバレーです。シリコンバレーは、1980年代中盤に世界の半導体産業の中核基地だったわけですが、日本に席巻され、これではけしからんと、アメリカは軍官民学が一体となって日本打倒戦略を組んでいくのです。シリコンバレーの復権に総力をかけました。特に、スタンフォード大学を中核にしたエコシステムと、当時の科学史を完全に変えたアルゴリズム革命です。コンピュータの能力が非常に高まったものですから、サンプリングではなく、全数で計算ができます。そうなると、人間の能力を超えるものですから、AIが全て計算するのですが、それをアメリカのGAFAが徹底的に活用し、科学の歴史を変えてしまったのです。そのような動きがたまたま重なり、アメリカの情報産業は世界制覇を実現しました。日本にやられていたアメリカが、10年~15年ほどで背中が見えなくなるほど完全に追い越したという成功例があるのです。これを日本はよく分析すべきだと思います。
もう一つは中国です。中国は鄧小平が、改革開放戦略で目覚ましい高度成長を持続しました。中国はおよそ20年間で、世界のシェアの3パーセントから15パーセントまで大きくなり、そのおかげで中国の賃金が高くなったのですが、いわゆる中進国の罠に直面したのです。そのままでは、先進国の技術で世界に輸出するということは通用しなくなったので、中国自体がイノベーションしなければいけなくなりました。
ここで、習近平が見事に「量的成長から質的成長への転換」を図り、実際に実現しました。当時発展しつつあったIT企業を、強力な国家情報化戦略で支援することで、アメリカをも凌ぐ情報立国の圧倒的な競争力を構築しました。これも日本はよく研究した方がいいと思います。中国の2010年代、20年代のこの大躍進を、日本はあまり見ていません。中国の優れた研究者が日本でその成果をどんどん見せていますので、学ぶ必要があります。
中国は、建国から100年後に世界最強の国になるため着々とそのような計画を進めてきているのです。
まず、2015年に策定したのが「中国製造2025」です。2025年には、主要な先端産業で世界のトップクラスに入るということです。それから、2020年には「小康社会の全面完成」ということです。中国の国民14億人がそこそこの生活水準を享受できるようになるということで、これはほとんど実現したと思います。2035年には「社会主義現代国家建設」といっているのですが、これは先進国の仲間入りをあらゆる面でするのだということです。そして、中国は1949年に建国されましたから、2049年は中華人民共和国建国100周年です。この時に社会主義現代化強国を実現するということを謳っています。これは社会主義でありながら、経済でも軍事でも世界最強になるということです。着実にそこへ向けて頑張っているというのが、中国の戦略です。
ただ、もっと皆さんと一緒に考えたいのは、外国の例を出すまでもなく、実は本当にわれわれが参考にすべき例は、日本にあるということです。それは、敗戦後の日本の奇跡の復活です。
太平洋戦争で原爆を投下されて、敗けて、日本中が廃墟になりました。その中から懸命に立ち上がる時、日本をリードしたベンチャー企業があったのです。それは松下電器です。これを松下幸之助が一代で世界企業にしたわけです。トヨタ自動車は二代ですが、これも世界的企業になりました。ホンダも一代です。ソニーは盛田昭夫と井深大の二人で立ち上げたベンチャー企業です。
スターリンによる冷戦で、アメリカは日本を活用する価値があるということで、対日戦略をガラッと変えたのですが、その後、朝鮮戦争の特需がありました。そこで、池田首相は強力な産業戦略、金融戦略で支援して、高度成長時代を実現したわけです。これらに共通するのは、池田さんの例もそうですが、官が中心になって民の力を...