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日蓮が取り戻そうとした最澄の原点「純粋な天台宗」とは

【入門】日本仏教の名僧・名著~日蓮編(1)「天台沙門」と題目の功徳

賴住光子
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部倫理学研究室教授
情報・テキスト
日蓮
出典:Wikimedia Commons
鎌倉仏教の中でも独特の位置を占めるのが日蓮である。日本に対する思い入れを強く持ち、「行動」を重んじた僧で、天台宗の「堕落」に反発し、原点回帰として「純粋な天台宗」の立て直しを目指す。(全3話中第1話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:15:46
収録日:2020/09/30
追加日:2022/12/04
ジャンル:
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≪全文≫

●「日本」への思い入れを持つ行動派の僧として


―― 日本仏教の名僧・名著、今回は日蓮のお話を承ろうと思います。

 日蓮は1222年にお生まれになって、1282年にお亡くなりになりますので、(道元よりも)また少し後の時代の方になります。日蓮、特に日蓮宗というと、近代日本においてもかなり大きな影響を与え続けた教派ですが、それはなぜだと思われますか。

賴住 特にナショナリズムを信奉し、日本ということに非常にこだわった人の中では日蓮宗に帰依した人が多いと思います。(日蓮は)「自分は日本の柱になろう」と、ご自身でもおっしゃっています。仏教を受け入れた日本というものを、さらに仏教を通じて発展させていくことを日蓮は考えておられたと思いますが、そこには日本に対する思い入れというところが一つあると思います。

 それから、日蓮は現実の中で行動していくことを非常に重んじておりました。

―― 社会を変えていこうというところですか。

賴住 そうですね。そういう変革の志。「今の社会は非常に堕落して、間違っている。なんとか変えなければいけない」という非常に強い心を持って、ご自身が実践に励まれたのです。

 自分の信念に従って、一時は死刑を言い渡され、死んでしまう直前までいったのですが、なんとか許されて流罪になります。そうして非常な苦難に遭うのですが、それでもいっさい妥協することなく、自身の信念を貫きました。そういうところで、「行動」というものにこだわる人にとっては、日蓮は大変に素晴らしい先覚者であると考えられたと思います。

 また、日蓮が信奉した法華経は、「世界のあらゆる人が救われる」という教えです。その教えを奉じて、自分も実践に励むというところが、非常に魅力的だったのではないかと思います。

―― そうすると、世の中をよくしたいと思う人たちにとっては、(日蓮は)どちらかというと勇気を与えてくれるような存在というところでしょうか。

賴住 そうだと思います。自分の先駆者として、それだけ強い信念を持って行動された人ということです。また、その信念の軸となっている法華経というお経自体の持っている重みや深さに、非常に魅力を感じたと考えることができると思います。


●「天台沙門」を名乗った日蓮の思い


―― 今、お話があったように、日蓮はその法華経という経典に非常に重きを置いて活動をしていくということですが、その境地に達するために、日蓮は実にいろいろ、あちらこちらで修行や勉強を積まれているということになりますね。

賴住 そうですね。

 日蓮自身は、天台宗を非常に深く勉強されました。あるところまでは、「自分は天台宗の沙門である」と名乗られているのです。研究者によっては、天台宗の沙門という意識は死ぬまで持ち続けていたのではないかと言っておられる方もいるぐらいです。

―― 「沙門」とは、どういう意味でしょうか。

賴住 沙門は「シュラマナ」というインドの言葉ですが、僧侶のことをいいます。

―― ということは、「自分は天台宗に属する僧侶だ」という意味になるわけですね。

賴住 そうです。日蓮はずっと比叡山で勉強していたのですが、そこで法華経の教えに大変感銘を受けました。また、天台宗自身が法華経を一番の中心にしています。そのように、天台宗を非常に深く学ばれたのが日蓮で、その教えを基本として自分の活動をしているということになります。


●天台宗の「堕落」に反発し、原点回帰を目指す


賴住 以前の講義にも出てきましたが、天台宗には「天台浄土教」というものがあり、かなり浄土教を受け入れています。さらに「台密」というものがあり、これは「天台密教」なので、密教を取り入れています。日蓮がいた当時の天台宗は密教や浄土教を取り入れていたので、日蓮はその傾向に非常に強い反発を持ちました。

 (日蓮は)最澄を非常に尊敬していました。最澄は中国の天台宗を勉強して日本にもたらしたのですが、彼が取り入れた純粋な天台宗を、後代の人々がいろいろ不純なものを入れることで堕落してしまった。だから、最澄の原点に戻らなければいけないというのが、日蓮の非常に強い主張でした。

 ですから、最澄とは違う宗派を自分が立てるということではなく、むしろ今の堕落した天台宗の中で、もう一度「純粋な天台宗」を建て直そうというのが日蓮の考えだったと思います。

 ただ、そこには少しズレがあり、台密についてはむしろ最澄は積極的に取り入れているところがありました。そのあたり、日蓮の理想とする最澄と現実の最澄が少しズレているところかもしれないと思います。念仏については、最澄の時代、基本的に念仏はなく、天台浄土教は後になります。日蓮の考える「純粋な天台宗」にとって、そういうこ...
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