秦は他国からの優秀な人材を積極的に登用したのが特徴で、楚の出身である李斯は呂不韋の食客を経て秦の役人となり、始皇帝を帝王に育て上げた名家臣である。さらに、昌平君や蒙氏一族などの外国人人材、王翦や白起といった秦生抜きの将軍らが多方面で活躍し、強大な家臣団が形成されていく。彼らは時に激しい議論を戦わせながらも、秦王の強力なリーダーシップのもとで天下統一へと進めていく。マンガ『キングダム』の登場人物の史実における実像や、始皇帝亡き後の李斯の悲劇的な結末についても、歴史的背景を交えながら解説する。(全9話中第8話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
●秦の人材登用…漢を建国した「高祖集団」との比較
―― いよいよ政ですね。後の始皇帝(の時代)ということになっていくわけですが、ここ(スライド)では「趙政」という言葉と、少し難しい漢字ですけれど「嬴政」という漢字があります。これは両方書かれることがありますけれど、どういう違いになるのですか。
鶴間 『史記』には両方出てきます。いわゆる中国には姓と氏があって、姓は、ある種の母系集団で、そこから分かれたのが氏です。嬴は、秦の王室の、いわゆる母系集団です。そこから分家して、先祖の中に趙という城をもらった先祖がいるので、嬴が姓であれば、趙は氏にあたるのです。ですから、始皇帝のことを嬴政ともいうし、趙政ともいうのです。
―― 日本の例でいうと、例えば、織田信長が「平氏」だといったりすることもありますけれど、「嬴」が「平氏」のイメージにあたるのでしょうか。
鶴間 そうですね。
―― (そして)織田信長の「織田」が「趙」のイメージだと。
鶴間 そうです。
―― 大体そういう捉え方をすればよろしいわけですね。
―― いよいよ政のところを見ていきたいと思いますが、その前に、今までいわゆる家臣というか、秦を支えてきた人々の話がいろいろと出てきましたので、一覧で出してみました。
今までご説明いただいた人物もたくさん入っている図ですが、こう見ても――図の(左右に分かれた2ブロック)それぞれ一番右のところが出身ということになっています――本当に他国からの方が多いですね。
鶴間 李斯は楚の出身ですが、楚が滅ぼした「上蔡」という小さな国の出身です。李斯はいきなり秦の国に入れませんので、呂不韋の食客になったのではないでしょうか。呂不韋は雒陽(らくよう)に自分の領地を持っていましたから、そこに行きやすいのです。そこから呂不韋のもとに入って秦の役人になっていくということで、ワンステップあるのです。
そういう形で、呂不韋の元には食客が三千人ほどいました。もう一人、ロウアイ(ろうあい)という人物がいます。始皇帝の母親との関係で内乱を起こすのですけれど、そのロウアイも『史記』にはあまりいい人物として描かれていないのですが、実は大変な権力者で、自分の領地も太原というところに持っていました。だから、この二人は...