満洲国の「裏面」として描かれることが多い「アヘン」。だが、アヘンの専売収入は当時、世界各地で植民地経営の主要な資金源となっていた事実もあった。加えて、国際通貨が十分に整備されない中で、アヘンが取引に用いられていた側面もあるという。現在の価値観で一面的に断罪するのではなく、当時の国際情勢を踏まえ多角的に考察する必要性が示される。また、1930年代以降に推進された「満州産業開発五カ年計画」では、重工業やインフラ、教育が整備され、治安維持や経済発展が進められていったが、それはどのようなものだったのか。さらに、第二次世界大戦での日本の敗戦時に、台湾、朝鮮、関東州、南洋群島などに加え、満洲国や日本の占領地域など広義で「外地」と呼ばれたアジア太平洋地域に、約660万人の日本人がいた。敗戦とともに引き揚げてきたこの人々が、その経験を活かして戦後の高度経済成長への道を切り拓いた部分も大きい。日本とアジアの近代史を俯瞰して学び直すとき、見えてくるものは何か。(全10話中第9話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●「アヘン」の実態とはいかなるものだったのか
―― では、そのようなことで出来上がった……。
宮脇 満洲国。
―― 満洲国ですね。満洲国の中でも、それこそ先ほどお話が出た満洲青年連盟の、要するに現地の「五族協和」を本当に信じているような方々だけではなくて、彼らからすると権益主義だという人がやってきたりして、どんどん変わっていくんですよというところになっていったと。今の時代から批判されるアヘン(阿片)政策の問題とか、ああいうことも起きてくると。
今、そのアヘンがかなり注目されて、漫画でも取り扱われたりとか、いろいろな形で(取り上げられたりすることは)ありますけれど、ここをどう見るかというところなのですが、(いかがですか)。第1話でもお話を伺いましたけれど、このアヘン問題ですね。
宮脇 だけど当時は全然、国際通貨がなくて、取引するものもなくて、一番便利なのがアヘンだったのは共通しているので、満洲国もやっていたかもしれないけれど、「他を見てくれ」「比較してくれ」と思うのですよね。
―― そうですね。
宮脇 何か統計があるのですか。
―― そういうことでいうと、譚璐美さんのお書きになりました『阿片の中国史』という新潮新書がありまして、そこに書いてあったデータなのですけれど、これは満洲国建国の前になりますが、関東州における、アヘンの専売の特許料(収入)や、それに関わる所得税、取引税などを(含めて)合計すると、実収入で500万円、当時のお金であったのですよと。
宮脇 はい。
―― また、これは引用の引用になるのですが、それは多田井喜生さんという方の「秘史 阿片が支えた日本の大陸侵攻」という『新潮45』(1992年5月号)の(中の)記事を引用されていたのですけれど、それでいうと、その当時の500万円というのは、現在の貨幣価値だと77億円ぐらいあるのですよと。
関東州の1920年度の地方(費)予算の約半分で、特別予算を含めても25パーセントなのですよとあるのですけれど、同時に書いてあったのは、1918年の香港のイギリス政庁(香港政庁)の総収入に対するアヘンの専売収入の割合が46.4パーセントでしたよと。(加えて)シンガポール政庁でも55パーセント、フランス領インドシナでも42.7パーセントの収入がアヘン専売収入だったという話もあったと。
だから...