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デジタル化時代の「人間の条件」とは何なのか
スマートフォンの爆発的な普及、GoogleやFacebookといった巨大プラットフォーム企業の台頭など、「デジタル化」による不可逆的変化によって、私たち人間は大きな影響を、さらには多大な恩恵を受けています。
しかし、より具体的に私たちの暮らす社会を考察してみると、当然ながら恩恵ばかりとはいえず、大きな悪影響や深刻な弊害なども見えてきます。
デジタル化といった時代を横に貫くような大きな問いに、真っ向から取り組んだ一冊、東京大学社会科学研究所の社会科学者、加藤晋先生・伊藤亜聖先生・石田賢示先生・飯田高先生の共著『デジタル化時代の「人間の条件」-ディストピアをいかに回避するか?』(筑摩書房)が発行されました。
著者である4人の先生たちは、デジタル化という大きな社会現象においては、だからこそできるだけ身近なことから取り組む必要があるといった視点に立って、その社会現象の本質を具体的に理解することに焦点を合わせたうえで、特に経済・法制度・情報・余暇について取り上げ、「デジタル化は何をもたらすのか」について討議を重ねています。
なかでも今回は筆頭著者である加藤晋先生(専攻は厚生経済学・公共経済学・平等論)の視点を主軸に、本書の読みどころを探ってみたいと思います。
アレントの思想はデジタル化と直接的な関係はないが、「人間が生きること」の意味をめぐってアレントが考え抜いたことは、デジタル化のなかで私たちが直面する人類的課題と重なる部分が多い。そのため、デジタル化の「社会的意味」を考えるにあたり大きな意味を持つ。著者たちはそう説きます。
ただし、アレントが示す「人間の条件」とは、いわゆる人間の本質や特質といったことではありません。そうではなく、「“人間が接触するすべてのもの”がただちに人間存在の条件に変わる」と記されているように、アレントの定義する「人間の条件」とは、一人ひとりの人間が「接触する」ことによって人間の生や生活を制約しているもの、つまりは人間という存在を条件づけているものといえます。
人間の「為すこと」に強い関心を寄せたアレントは『人間の条件』において、古代ギリシアの思想から「アクティヴィティ(activities)」という、広い意味での人間生活の仕方、あるいはそのための営為、その総体となる概念を抽出したと、加藤先生は述べています。
【『人間の条件』で示されたアクティヴィティを3つの基本的種類】
「労働」:生命の維持のためのアクティヴィティ
「仕事」:永続的なものや耐久性のあるものを生み出すためのアクティヴィティ
「活動」:人と人とのあいだでおこなわれるアクティヴィティ
※なお、「アクティヴィティ」は日本語では「活動」と訳されることが多いのですが、本書では「アクティヴィティ」と「活動」は区別して用いられています。
まず、デジタル化を経済の視点でみてみると、「労働」を軽減する大きな効果をもたらしていることやこれからももたらし続けるだろうことがみえてきます。しかし、例えばプラットフォーム企業が本質的に「(デジタル化によって)人間の情報を収集する存在」である以上、メリットと同時に個人情報の所有権と搾取などの社会的課題に発展する大いなる恐れがあります。
続いて、デジタル化と法制度の観点でみると、その最重要課題はデジタル化による社会全体の拡大した富の再配分です。その恩恵を一部の人だけが享受して大多数の人がそれを受けることができない社会や、格差が広がり二極化や分断がなされた社会では、デジタル化社会はよいものとはなり得ません。
そうした点において、デジタル化は本当に、人びとを「労働」から解放し「労働者の社会」とは異なる社会へと向かわせる力を持ち得ているのでしょうか。実は「労働」の負担は軽減されておらず、デジタル化によって質が変わっただけで、かえって目にみえない、つまりは意識されない負担が増えているのかもしれません。
効率性では捉えきれない倫理的観点の一つに、「衡平性(複数の人びとのあいだで負担や利益が適度に釣り合うようにすること)」という考え方がありますが、デジタル化という不可逆的で社会に生きるすべての人びとに影響をおよぼす変化を全体にとってもよいものにするためには、経済も法制度も適切かつ丁寧に運用していくことが求められます。
技術発展によって人々が手にしてきた余暇は、明日の「労働」を可能にするためという条件つきのものでした。しかし、デジタル化による変化は、「労働」や「仕事」のアクティヴィティにもっと大きな変化をもたらしました。それは、デジタル化が職人・熟練工・達人といったような人たちの「仕事」のアクティヴィティですら、単なる「労働」にしてしまうということです。と同時に、たとえデジタル化によってすべての人びとの「労働」の軽減や効率化がはたされ、真の余暇が誕生としたとしても、「活動」をアクティヴィティまで高められるのかといった、新たな課題が危惧されていると、加藤先生は説いています。
デジタル化の先にある未来は、人々の生活がより健康で豊かになり、公共性がより進歩し、より平等が担保された社会となっているのでしょうか。
社会の人びとの一部としてではなく、アクティヴィティを秘めた一人の人間として、デジタル化の真っただ中にある現在的視点に立ち、さらにデジタル化が進むと予想される近未来を見据えたとき、問題を単純化して楽観的ユートピア論や悲観的ディストピア論に陥ることがないための視点の補助線が、本書を読むことで見えてくるように思います。
しかし、より具体的に私たちの暮らす社会を考察してみると、当然ながら恩恵ばかりとはいえず、大きな悪影響や深刻な弊害なども見えてきます。
デジタル化といった時代を横に貫くような大きな問いに、真っ向から取り組んだ一冊、東京大学社会科学研究所の社会科学者、加藤晋先生・伊藤亜聖先生・石田賢示先生・飯田高先生の共著『デジタル化時代の「人間の条件」-ディストピアをいかに回避するか?』(筑摩書房)が発行されました。
著者である4人の先生たちは、デジタル化という大きな社会現象においては、だからこそできるだけ身近なことから取り組む必要があるといった視点に立って、その社会現象の本質を具体的に理解することに焦点を合わせたうえで、特に経済・法制度・情報・余暇について取り上げ、「デジタル化は何をもたらすのか」について討議を重ねています。
なかでも今回は筆頭著者である加藤晋先生(専攻は厚生経済学・公共経済学・平等論)の視点を主軸に、本書の読みどころを探ってみたいと思います。
補助線としてのハンナ・アレント『人間の条件』
本書のタイトルのなかでもひときわ目につくキーワードは、「人間の条件」です。このキーワードは、デジタル化時代といえる現代と近未来の“人間のあり方の本質”を探求する本書のため、著者たちが用意した補助線として、20世紀を代表する哲学者ハンナ・アレントの著著『人間の条件』から採られています。アレントの思想はデジタル化と直接的な関係はないが、「人間が生きること」の意味をめぐってアレントが考え抜いたことは、デジタル化のなかで私たちが直面する人類的課題と重なる部分が多い。そのため、デジタル化の「社会的意味」を考えるにあたり大きな意味を持つ。著者たちはそう説きます。
ただし、アレントが示す「人間の条件」とは、いわゆる人間の本質や特質といったことではありません。そうではなく、「“人間が接触するすべてのもの”がただちに人間存在の条件に変わる」と記されているように、アレントの定義する「人間の条件」とは、一人ひとりの人間が「接触する」ことによって人間の生や生活を制約しているもの、つまりは人間という存在を条件づけているものといえます。
人間の「為すこと」に強い関心を寄せたアレントは『人間の条件』において、古代ギリシアの思想から「アクティヴィティ(activities)」という、広い意味での人間生活の仕方、あるいはそのための営為、その総体となる概念を抽出したと、加藤先生は述べています。
【『人間の条件』で示されたアクティヴィティを3つの基本的種類】
「労働」:生命の維持のためのアクティヴィティ
「仕事」:永続的なものや耐久性のあるものを生み出すためのアクティヴィティ
「活動」:人と人とのあいだでおこなわれるアクティヴィティ
※なお、「アクティヴィティ」は日本語では「活動」と訳されることが多いのですが、本書では「アクティヴィティ」と「活動」は区別して用いられています。
デジタル化が人びとにもたらすもの
デジタル化は平均的に見れば、生存のための労働から人類を解放する効果を持つため、そのことは大きな恩恵です。しかし、人びとにとってデジタル化がよきものとしてあるには、(1)デジタル化の恩恵を極端な格差なく分配できる、(2)デジタル化のもとで人びとが真に「豊かな生活」を送れること――、が社会制度の条件となります。まず、デジタル化を経済の視点でみてみると、「労働」を軽減する大きな効果をもたらしていることやこれからももたらし続けるだろうことがみえてきます。しかし、例えばプラットフォーム企業が本質的に「(デジタル化によって)人間の情報を収集する存在」である以上、メリットと同時に個人情報の所有権と搾取などの社会的課題に発展する大いなる恐れがあります。
続いて、デジタル化と法制度の観点でみると、その最重要課題はデジタル化による社会全体の拡大した富の再配分です。その恩恵を一部の人だけが享受して大多数の人がそれを受けることができない社会や、格差が広がり二極化や分断がなされた社会では、デジタル化社会はよいものとはなり得ません。
そうした点において、デジタル化は本当に、人びとを「労働」から解放し「労働者の社会」とは異なる社会へと向かわせる力を持ち得ているのでしょうか。実は「労働」の負担は軽減されておらず、デジタル化によって質が変わっただけで、かえって目にみえない、つまりは意識されない負担が増えているのかもしれません。
効率性では捉えきれない倫理的観点の一つに、「衡平性(複数の人びとのあいだで負担や利益が適度に釣り合うようにすること)」という考え方がありますが、デジタル化という不可逆的で社会に生きるすべての人びとに影響をおよぼす変化を全体にとってもよいものにするためには、経済も法制度も適切かつ丁寧に運用していくことが求められます。
技術発展によって人々が手にしてきた余暇は、明日の「労働」を可能にするためという条件つきのものでした。しかし、デジタル化による変化は、「労働」や「仕事」のアクティヴィティにもっと大きな変化をもたらしました。それは、デジタル化が職人・熟練工・達人といったような人たちの「仕事」のアクティヴィティですら、単なる「労働」にしてしまうということです。と同時に、たとえデジタル化によってすべての人びとの「労働」の軽減や効率化がはたされ、真の余暇が誕生としたとしても、「活動」をアクティヴィティまで高められるのかといった、新たな課題が危惧されていると、加藤先生は説いています。
デジタル化時代の「人間の条件」=人間そのもの
アレントの「人間が接触するすべてのもの=人間存在の条件に変わる」いう命題の背景には、一人ひとりが何らかの意味で関係を形作る外部との接触面こそが、人間の条件を構成するというアイディアがあること。そこから、「デジタル化時代の人間の条件とは、人間そのものでではないだろうか。つまり、一人ひとりが、他者との接触面を豊かに持ち、人びとの固有性を尊重し合いながら、孤立状態に陥らないことが、その条件の構成要素である」と、加藤先生は読者に呼びかけています。デジタル化の先にある未来は、人々の生活がより健康で豊かになり、公共性がより進歩し、より平等が担保された社会となっているのでしょうか。
社会の人びとの一部としてではなく、アクティヴィティを秘めた一人の人間として、デジタル化の真っただ中にある現在的視点に立ち、さらにデジタル化が進むと予想される近未来を見据えたとき、問題を単純化して楽観的ユートピア論や悲観的ディストピア論に陥ることがないための視点の補助線が、本書を読むことで見えてくるように思います。
<参考文献>
『デジタル化時代の「人間の条件」-ディストピアをいかに回避するか?』(加藤晋著、伊藤亜聖著、石田賢示著、飯田高著、筑摩選書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480017413/
<参考サイト>
加藤晋先生のホームページ
https://sites.google.com/site/susumucato/japanese
『デジタル化時代の「人間の条件」-ディストピアをいかに回避するか?』(加藤晋著、伊藤亜聖著、石田賢示著、飯田高著、筑摩選書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480017413/
<参考サイト>
加藤晋先生のホームページ
https://sites.google.com/site/susumucato/japanese
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