●「水は駄目でワインなら良い」は非合理的
── 『水危機 ほんとうの話』に書かれている「水の七不思議」の中でも、「フランス産のワインと水」の話が面白かったですね。
沖 例えば、このペットボトルの水はフランスから来ていますが、これが許せないという方が多いのです。日本にもおいしい水があるのだから、わざわざフランスから持ってこなくてもいいのではないかという意見です。では、ワインはどうですか? と聞くと、ワインはフランス産の方がおいしいから、水とは違うと言います。しかし、水も嗜好品だと考えたら、フランス産の水を買ってもいいではないですか。水は駄目でワインなら良いというのは、どう考えても合理的ではありません。
水は、自分たちの土地にもふんだんにあるのだから、よそからもらわなくてもいいという愛着が強いのでしょう。ですから、バーチャルウォーターという概念を使って、日本は食料輸入という形で多くの水を輸入しているようなものだと説明すると、皆さん驚くのです。水だけは他人に頼らず、自分たちで賄っているつもりだったのに、それほど多くを頼ってしまっているのかと感じるのです。水に関しては、他人に依存したくないという気持ちがあるのでしょう。面白いです。
●水には、公共性を強く感じる人が多い
── もう一つ、「水道事業は官がやるべきだと思いがちだ」という七不思議もありましたが、例えば蓼科では三井不動産グループが蓼科高原三井の森水道事業を手掛けるなど、民間が水事業を行う例もあります。これなども面白い話です。
沖 それは、皆さんが水に対して公共性を強く感じているからだと思います。考えてみると、昔は井戸から自分で水をくんでいました。しかし、それは、民間よりも官がやる方がそのイメージに近いのかもしれません。あるいは、水のようなもので民間企業が金もうけをしてほしくないと思っているのかもしれません。衣食住でもお互いもうけ合って世の中が成り立っているのに、水だけは駄目というのは面白いです。
── あり得ないですね。
沖 そういうものが研究対象だという自覚を持って、「合理的に考えればこうだけれども、あなたの気持ちも分かります」というところから始めないと、水問題の解決はうまくいかないと私は思っています。
●食料自給よりエネルギー自給が問題だ
── 食糧自給率よりも・・・。
沖 仮想水貿易。
── 仮想水貿易。これも大変興味深いですね。
沖 日本はカロリーベースの食糧自給率が約4割で、中国などから食糧をたくさん輸入していることは皆さん分かっています。それに対して、もっと自給率を上げるべきだという方もいます。特に、食糧輸入とは水をたくさん輸入しているようなものだと聞くと、それは大変なことだとおっしゃいます。面白いですね。
ただ、食糧自給率に関して言うと、農林水産省も目標を50パーセントから45パーセントに下げました。戦争のような事態になっても、芋だったら日本だけでも間に合うなどと言いますが、それは食糧が途絶えても、エネルギーが輸入できる状況での話です。しかし、エネルギー自給率は、原発を除くと3~4パーセントなのです。エネルギーが途絶えると、もし仮に芋を作れたとしても運べなくなります。
── それに、今の農業には石油が欠かせません。
●農業は効率化して儲かるようにすればいい
沖 「農業の高齢化」を悪いように言いますが、「高齢者でもできる農業」と言うと、全然イメージが違います。
── 本当にその通りです。
沖 農業従業者の数が減ったことも、「生産性が上がった」とか、「少ない人数でより多くの食糧を作れるようになった」と言えば、全く印象が変わります。本当はそう見るべきなのです。
── 山形の蔵王などに行くと、先生の言っていることがとてもよく分かります。高齢化は進んでいますが、立派な農作物を作っています。サクランボも、ラ・フランスも、ホウレンソウも。
沖 農業は効率化して、もうかるようにしていけばいいのです。そこを米でもうけようとしたところにいろいろと問題がありました。これは受け売りですが、敗戦の年の1945年が不作だったというトラウマがあり、いざとなったら大変だという気持ちでつくった制度や組織が、今までずっと続いてきたのです。やはり世の中は、合理的な判断だけではなく、気持ちを見ることも大事なのです。
●政府は裏方に徹するべきである
大上 水の非合理性は、日本で特に強いと思われますか。
沖 いえ、水事業は官が手掛けるべきだという意識や、これは自分たちの水、それはあなたたちの水という意識は、世界的にあると思います。
── 東京都の水道局など、画期的なイノベーションを起こしていますね。ところで、産業革新機構が出資したり、三菱商事や日揮が取り組ん...