●水はローカルな財である
大上 続いては、水の経済的側面についてお話を伺えますか。
沖 水の惑星といわれる地球で、なぜ水が足りなくなるかといえば、端的に申しますと、使える水が時間的、空間的に偏在しているからです。
時間的に偏在しているのなら、多いときにためておき、少なくなったら使えばよいのではないか、多い所と少ない所があるなら運べばよいのではないかと思われるでしょう。今では、普通の財はグローバルマーケットがあり、多い所から少ない所へ、需要に応じて運ばれていますから。ところが、水はそれができないのです。
大上 安いからですね。
沖 そうです。どのくらい安いかといえば、上下水道で1立方メートル・1000リットル当たり170円ほどです。工業用水なら23、4円。農業用水は、使った分だけ払うわけではありませんが、負担金を使っている量で割るとだいたい3、4円くらいです。
大上 水は大事なものという意識があったのですが、日本の市場規模でみると存外に小さいですね。
沖 ただ、ペットボトルの水は、例えば1リットル200円としますと、1トン・1000リットルで20万円になります。水道水の約1000倍の値段です。ペットボトルの水はとても高価です。ところが、ペットボトルは年間1人25リットルから30リットルほどしか消費していません。水道水は、その1万倍使っていますから、価格差は1000倍ですが、使用量が1万倍で、市場規模はペットボトルの10倍。上下水道だけで4、5兆円ほどの市場規模になります。日本全体のGDPの1パーセント。それほど小さいわけでもありません。
他のものと比べても、例えば、古新聞や古雑誌は1キロ10円、1トンで1万円くらい、鉄くずスクラップは1トン2、3万円で取引されています。リサイクルされるとはいえ、ごみである古新聞や鉄くずでさえ、安全な飲み水の約100倍の値段なのです。
大上 2桁安いのですね、水は。
沖 私の所属している生産技術研究所には、レアメタルの世界で有名な岡部徹さんという先生がいます。彼はよく「僕は1グラム数十万円のものを研究している。でも、沖くんは1トンで100円、200円のものを研究しているの? よくそのようなエンジニアリングを続けていられるね」と言うのですが、高いものはあまり取引されないので、レアメタルなどは使用量がもう1桁少ないと思うのです。
価格が安ければ安いほど使用者にはよいのですが、問題は運送費です。例えば、大阪‐東京間を運ぶのに、1トン当たり1万円ほどかかります。1トン20万円のペットボトルを1万円かけて運ぶと21万円。5パーセントのコストが乗るだけです。ところが、100円、200円の水道水を1万円かけて運んでしまうと、それはもう水道水と同じようには使えません。逆に言うと、ペットボトルはそういったコストが乗っているから、あの値段だと思った方がよいでしょう。
ためるのも、同様に単価が安いのでコストが高くなります。多摩川の上流に、小河内ダムによって造られた奥多摩湖があります。水道専用のダムとしては世界的に大規模なもので、1.8億立方メートルほどためることができます。全部水道単価だとすれば、売値で300~400億円くらいになります。ところが、例えば1立方メートルの金と比較すると、水とは比重が違い20トンほどになります。20トンの金は、現在の相場で約1000億円。つまり、生態系に影響を与えながら、巨大なダムを一つつくって満杯にしてもたった400億円ほどなのに、1立方メートルの金だけで1000億円です。どうせためるなら、金の方がよいに決まっています。ですから、水は規模の経済をやらなければなりません。
大上 通常の経済原理とはやや異なっているのですね。
沖 そうです。なかなか運べないし、ためられないからこそ、水は本来ローカルな財であって、グローバルな単一価格はないのです。
●水ビジネスは、投資事業だ
大上 最近、水ビジネスが注目されていますが、そういった観点から考えたとき、水ビジネスの特徴を挙げていただけますか。
沖 水ビジネスの特徴はいろいろとありますが、まず前提として、技術の問題ではなく、投資事業だと思った方がよいです。水を供給するサービスを売る事業なのです。浄水処理などは、いざとなれば誰でもできる、というのは少々言い過ぎかもしれませんが、高度な技術、熟練した人材は必要とされません。熟練した人材を送り込むのは、むしろオーバークオリファイドでしょう。一方で、パイプや水道管を引き、浄水施設をつくり、料金を徴収するとなると、常に大規模で長期的な事業投資となりますので、そのプロファイリングをどうするかという問題が出てきます。
もう一つ、海外で民間が水道事業を担う際は、...