●現代アメリカの問題を象徴するトランプ氏の台頭
皆さん、こんにちは。前回は元世界ヘビー級チャンピオンボクサーであったモハメド・アリ(旧名カシアス・クレイ)の死について、アメリカとイスラムの文脈の中でお話ししました。
アメリカでは現在、モハメド・アリが黒人やムスリムを代表する人物としてその死が悼まれていると同時に、大統領選挙が進行中です。その共和党候補者としてドナルド・トランプ氏が登場してきたことは、日本においてもすでに話題になっています。このモハメド・アリとトランプ候補の組み合わせほど、現在のアメリカ社会の抱える問題点を象徴するものもないと思われます。
もともとトランプ氏は、共和党の必ずしも主流とはいえない中から台頭し、その人種主義的な発言と差別主義的な言動によって、アメリカ社会のとりわけ極右的な保守層の心をつかみ、かつ中間・中流層以下の白人たち全体の支持を受けるに至っています。
彼は、アメリカに移住してくる中南米系の「ラティーノ」と総称される人々や移民全体、ひいてはイスラム教徒(ムスリム)もしくはイスラムの教義に対して、すこぶる差別的な言動を公然と行い、隠していません。すなわちトランプ氏こそは、前回お話ししたモハメド・アリことカシアス・クレイが、ブラックムスリムとしての生涯をかけて戦った相手と言えるでしょう。つまり、彼は白人による黒人差別、イスラムに対する偏見そのものを体現した人物といってもいいかと思います。
●歴史にも前例のない「トランピズム」
またトランプ氏は、イスラエルに対する絶対的な支援と支持を表明しています。裏を返せば、パレスチナ人はもとよりアラブ人ひいては中東のイスラム教徒に対して積極的批判の立場を隠さず、イスラエル断固支持の点においても知られています。
バラク・オバマ現大統領は、もしトランプ氏が合衆国大統領に選ばれるならば、アメリカは危機になると断じたことがあります。このトランプ氏によるアメリカのムスリム市民に対する敵意は人種主義そのものであり、まったく歴史に前例のないものだといっていいかと思います。
トランプ候補は、ムスリム(イスラム教徒)を「アメリカには入国させない」あるいは「該当者を全てアメリカから追放する」といった極端な言辞を弄するだけではなく、「あらゆるムスリムを監視対象に置く」ということも公然と言ってはばかりません。
かつて第二次世界大戦後、アメリカ社会には「マッカーシズム」という現象が猖獗(しょうけつ)を極めました。これは国会におけるジョセフ・マッカーシー上院議員の発言から生まれた言葉で、彼は「さまざまな分野において、反米・忌米的思想やイデオロギーを調べ、彼らを公職ないし現在の地位から追い払おう」と述べました。「赤狩り」という言葉も使われましたが、単なる反共産主義という以上に人種主義にも結び付く排除の運動となりました。
最近では、このマッカーシズムをもじって「トランピズム」(トランプイズム)という言葉が使われます。トランプ候補が人種的偏見を隠さないのみならず、中南米系やイスラム系あるいは日本を含めたアジア系など特定の人種に対する偏見や差別を公然と語ることを「トランピズム」と呼ぶものと思われます。
●イスラエルと同盟国に対するトランプの外交政策
あまり知られていないことですが、アメリカ合衆国や日本をはじめとした世界のどの国も、1948年のイスラエル建国以来、基本的にはエルサレムに大使館を置いていません。それはエルサレムが非常に微妙かつ敏感な聖地であり、国際紛争の焦点だからです。したがって、どの国もテルアビブに大使館を置いているのですが、トランプ氏は「自分が当選すれば、合衆国大使館をテルアビブからエルサレムに移す」といった発言さえ、行ったことがあります。
仮にエルサレムに大使館を移したとすれば、アラブ人たちはもちろん怒り、その行為に呆れ果てるでしょう。しかしながら、その行為が中東におけるアメリカのプレステージ(威信、名声)や信頼感を揺らがせることに対して、アメリカの中東における友人や友邦たちはより強い懸念を示すことでしょう。
また彼は、サウジアラビアや日本のように、「アメリカの安全保障を過剰に受けながら、アメリカに報いることを知らない国」に対しては、「各種の関税障壁を設ける」といったことも語っています。
特にオバマ大統領の代においても、オバマ発言によって関係が悪化したサウジアラビアとの間で、トランプ氏はさらに事態が悪化しかねない発言をしています。「サウジアラビアがアメリカの保護を求めるならば、それに対する対価・代償をきちんと払うべきだ」というのがトランプ氏の主張なのです。
●トランプ政権下ではアメリカ入国できない要人たち
先日...