テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

遺書「神皇アウグストゥス業績録」に記された内容とは?

ローマ帝国皇帝物語~ローマ史講座Ⅴ(3)権力より権威を重視したローマ人

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
情報・テキスト
アウグストゥス
早稲田大学国際教養学部特任教授・本村凌二氏が、古代ローマ歴代の支配者に焦点を当てて解説していく。第3話ではオクタウィアヌスが書いた、後に『神皇アウグストゥス業績録』と呼ばれる長大な遺書の内容を取り上げる。彼はその中で「もし私が他の人より優れているとすれば」と自身のことを語っている。彼がローマ市民に最も訴えたかったのは、「権威」の重要性だった。(全8話中第3話)
時間:14:06
収録日:2017/06/16
追加日:2017/08/03
カテゴリー:
タグ:
≪全文≫

●自らの業績、心情を碑文として綴ったオクタウィアヌス


 オクタウィアヌスは亡くなる時に、“Res gestae divi Augusti”、邦題で『神皇アウグストゥス業績録』という長大な遺書を残しています。自分がどんなにローマ市民のために尽くしてきたか、そして、ローマ市民を防衛するためにいかに戦ってきたか、ということをとうとうと書いて、それをローマ帝国の各地に設置させました。その断片が各地に散らばって残っているのですが、最初はラテン語で書かれており、それをギリシャ語に訳したものもあるのです。

 というのは、ローマ帝国は地中海全体を収めた時に、そこに住む人たちの主な公用語としては、地中海の西側がラテン語、東側になるとギリシャ語が使われていました。また、これは公用語といっていいかどうかはとにかく、セム系の言語も必要でした。それがアラム語です。東の方では、現在でもそうですが、シリアとかエジプトといった地域ではアラビア語が使われており、そこの人たちには、その元の言語としてのセム系の言語、当時はアラム語といわれていたわけですが、それを使っていたのです。いずれにしても、ラテン語、ギリシャ語が主な公用語で、ラテン語の碑文をギリシャ語に訳したものが、例えばトルコのアンカラの近くでも出てきたりしています。

 そういうものがたくさん、いろいろな所に残っていて、それを比較、照合して、現在、“Res gestae divi Augusti”は、ほぼ復元できているのです。碑文としては全36章で、行数としては500~600行くらいあると思いますが、非常に長大なものが刻まれていました。

 ローマに有名なアラ・パキス(平和の祭壇)と呼ばれるものが、テベレ川の近く、いわゆるスペイン広場の近くですが、そこにあります。さかのぼれば、ローマでは内乱が100年近く続いていました。その間、グラックス兄弟の改革に続き、マリウスやスッラ、ポンペイウス、カエサル、そしてアントニウス、オクタウィアヌスが登場してくるのですが、その内乱を、最終的に収拾したのは自分、つまりアウグストゥスであるということで、1人の為政者が、自分の言葉で自分の業績や気持ちを記録として残しているという意味では、世界史の中でもまれなものです。その長大なレプリカが今、献呈した祭壇のちょうど下の土台の所にあるので、ローマに行くと見ることができます。


●自分は権力者ではないと民衆に示し続けたオクタウィアヌス


 その中で特筆すべきことがあります。オクタウィアヌスは、最初にアクティウムの海戦で勝って、そして単独の支配者になりました。その時まで、多くの人はまだ彼を恐れているわけです。彼はアクティウムの海戦に勝った頃、30代前半ぐらいではないでしょうか。その彼が、またカエサルと同じことをやるのではないかと、人々は恐れていたのです。しかし、どうも彼は単純にそうではないらしいということに、人々は気が付きます。彼は賢明でしたので、とにかく表立って自分が単独の支配者だとは言わなかったのです。

 そして、オクタウィアヌスは後に『神皇アウグストゥス業績録』、“Res gestae divi Augusti”の中で、次のようなことを書いています。自分は権力(ラテン語でポテスタース)においては、他の誰よりも優れているわけではない。権力の次元で考えれば、他の人と対等なところに自分はある。例えば、コンスル(執政官)というのは、共和政の建前でいくと昔から2人で、アウグストゥスも時々コンスルになるが、必ずもう1人、別のコンスルがいる。あるいは、共和政期になると、もっとコンスルの数が増えてくる。だから、自分はコンスルの1人である、と。


●総合力としての「権威」で優位性を強調


 それからもう一つ、例えば、護民官(トリブヌス)です。これはローマにとっては非常に重要な官職ですが、10人ほどおり、アウグストゥスはその中の1人というわけです。コンスルは2人、ないし複数いる中の1人。つまり、自分は権力(ポテスタース)においては、他の人たちと対等であるというわけです。

 しかし、もし自分が他人よりも優れている点があるとすれば、それは、権威においてだというのです。権威においてというのは、今までのさまざまな実績であったり、それから、彼自身がカエサルから後継者に指名されたことであったり、あるいは、もともと持っている家柄の良さなど、そういったもろもろのことを総合としたものです。権威の中には単に家柄や武勲だけが含まれるわけではないということです。実際に軍事的指揮権はアグリッパが執ったかもしれないけれども、彼は反カエサル派をまず排除して、さらには非常に反国家的な動きを見せたアントニウスを退け、そういった中で、何度も軍事的功績を挙げているのですから、そういうものを培った上に権威があるというわけです。

 また彼は、小麦の供給が安定しない...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。